サムスン携帯工場の知られざる全貌
日本メーカーはキャリアからの意向もあり、OS(基本ソフト)を独自開発する。一方でサムソンは、独自開発だけでなくウィンドウズ、リナックス、ノキア系のシンビアンなどさまざまなOSをベースにする柔軟性がある。その分だけでも、新機種の開発日数を短縮することが可能だ。「基本モデルの開発には6~9カ月かかるが、07年はその基本モデルを新たに100機種開発した。また、ペルシア語対応など派生モデルの開発には半年もかからない。この派生モデルまで含めれば年間の新機種数は1000を超えるだろう」(殷氏)。キャリアが開発に深く首を突っ込むために独自OSでの新機種開発が多い日本メーカーとの大きな違いだ。
国や地域ごとに法制度や商慣行、消費者の嗜好が違うため、開発スタッフに明確な製品寿命のイメージはない。殷氏は「欧州なら1年以上だが、日本ではそれより短いようだ。ただ、地域を問わずに3年間売れ続けた機種もあれば、半年で終わったものもある」と語る。
それでも1機種当たりの台数目標は「1000万台以上」(殷氏)。古くは高級感の高さから高級車の愛称がついた「ベンツフォン」、李健煕(イゴンヒ)・前会長のアイデアを基にデザインしたことから名前を冠した「イゴンヒフォン」、“黒色家電旋風”の引き金となった「ブルーブラックフォン」。最近では厚さわずか5・9ミリの「ウルトラエディション」がシリーズで1000万台を突破した大ヒット機種だ。
近年ではファッションブランドの伊ジョルジオ・アルマーニやデザイン性を追求したAV機器メーカーのバング&オルフセン(デンマーク)、スポーツ用品の独アディダスなど、異業種との「コラボケータイ(共同開発品)」が増えている。米国の女性歌手、ビヨンセが色を選んだ「ビヨンセフォン」などの企画モノでは、あくまでもサムスン全体のブランド価値向上が目的だ。
こうした機種では大ヒットは望むべくもないが、何が当たるかはわからない時代だ。「新機種の目標はあくまでも1000万台」と殷氏は強気の姿勢を崩さない。
「ケータイ大学院」から来春初の卒業生が誕生
サムスンの新機種開発への情熱は“携帯電話研究科”の設置にまで至った。
建学1398年と610年の歴史を誇る韓国の私立大学、成均館(ソンギュンガン)大学校の水原(スウォン)キャンパスに、サムスンは07年3月にモバイルシステム工学の大学院コースを設置した。現在、修士課程に30人、博士課程に5人。入学金のほか授業料や生活費をサムスンが援助。卒業生は全員、サムスンに入社することが約束されている。卒業後に入社すれば、サムスンからの助成金は全額免除となる。入社後の配属先は携帯電話の基礎研究か製品開発に限定されている。
研究生は、学位論文の作成のほか、週9時間の講義を受ける。同大学の崔炯辰(チェヒョンジン)教授によれば、「ソフトウエア開発に比重を置いた実務主義の講義をしている。博士課程もあるが力を注いでいるのは修士課程」。即戦力の開発者を養成している。
サムスンに内定した後に進学した者も修士課程30人のうち5人いる。申基銀(シンギウン)君もその1人だ。「サムスンへの入社が内定した後、学生時代にインターンとしてサムスンで働いたが自らの力量不足を痛感。サムスンの人事担当者に相談して進学することに決めた。今は四六時中、携帯電話のことばかり考えている」(申君)。黄鎭佑(ファンジヌ)君もサムスンに内定した後に進学を決めた。趙宰庸(チョジェヨン)君は、大学3年生のときに担当教授からサムスンの助成制度のことを聞かされて決めた。
3人に「サムスンがノキアに勝つのはいつか」と聞くと、「独自プラットフォームの開発がカギを握る」「現在はノキアのシェアが上だが、単純比較は難しい」「廉価品に強いノキアと高級品に強いサムスンとでは方向性が違う」。2年後に始まる3.9G、3年後に規格が固まる4Gなどの次世代携帯電話では、高付加価値品に強いサムスンが有利という自負が見え隠れする。
来春には初の卒業生がサムスンに入社する。「できたばかりでまだ実績がない。彼らが成功例になってくれれば」と崔教授は眼を細める。
王者ノキアの背中はまだ遠い。だが、コツコツと積み重ねてきた現場の改善力と、大学院で芽吹き始めた若い力が、次代の扉を開く突破力になる可能性は十分ありそうだ。
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