世界史をひもとくと、国産品優遇と言えば、インドのスワデーシ(Swadeshi)が思い起こされる。20世紀初頭のインドで発生した、イギリス製品のボイコット運動のことだ。
これは民族自決を意味するスワラージ(Swaraj)と補完関係にある、政治的な意味合いが強い運動だったが、幅広い意味では保護主義運動に位置付けられる。
あるいは、EUの域内製品の優遇姿勢は、19世紀ドイツの経済学者、フリードリヒ・リストの主張に基づき結成されたドイツ関税同盟にも同様に通じるところがある。
19世紀前半当時、後発国だったプロイセンが経済発展を図るうえで、関税による国内市場の保護、言い換えれば国産品優遇は大きな意味を持った。それがプロイセン国内の工業化を促したからである。
国産品優遇政策はEU衰退の表れ
歴史的に、国産品優遇策を取るのは後発国、現在の表現で言えば新興国だ。欧州先進国による国家連合であるはずのEUが域内製品の優遇を図ること自体、EUが衰退し、後発国に転じたことの表れである。
日本も日本で衰退が著しく、その意味でEUを嘲る資格はないが、EUほど国産品を優遇する姿勢を強めているわけではない。
国産品優遇の発想自体が保護主義だ。EUは、経済安全保障の名の下に域内製品優遇を奨励しようとしている。それはそれで一概に否定できるものではないが、それにしてもそのような姿勢のEUが、自らを自由貿易の旗手に位置付けることには、かなり無理がある。
そのEUが、自由貿易を推進する観点から、同様に保護主義の機運が依然として強いインドと自由貿易協定(FTA)を結ぶという矛盾をどう理解していいものか。





















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