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「AfDが穏健なころに協働すべきだった」・・・政権与党に漂う悔恨、右派ポピュリズム政党との協力関係拒む「防火壁」で過激化したジレンマ【第4回】

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ゼッセルマン郡長のインタビュー後、郡職員が案内してくれたのは、ゾネベルク郡議会のAfD議員カティ・ニムツさん(58歳)が務める公立病院だった。

彼女は院長秘書を務める傍ら、地元の陸上競技連盟の会長を20年間務め、ボランティアで子供のトレーニングをしてきた。コロナ禍に際して反ワクチン運動に参加していたが、正式に入党したのは2024年1月と最近だ。

ゾネベルク郡議会のAfD議員カティ・ニムツさん

「この30年間、ドイツでは教育におけるルールは失われてしまった。教師が教室に入って来て話を始めたら、静かにしなければならない。日本はルールを保っているが、ドイツはもはやそうではない。そんな現状をどうにかしなければと考えことが、私がAfDに入党した理由だ」

「郡議会では文化・教育・スポーツ委員会に所属している。東ドイツではよい教育システムがあった。東ドイツの良い面を統一ドイツは継承しようとしなかった。社会の支柱である家庭、教育が失われている現状を変えたい」

郡長にAfD党員を選んだ市民だが、AfDに対する風当たりはまだ強いようだ。

「私が入党すると陸上競技連盟はナチの連盟だ、と言われ、会員や友人が離れていった。もっとも新しい友人もできたし、院長は所属政党は問題にしないので仕事は続けられているが」と話す。

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