「DEI&B」推進で、大学の組織風土はどう変わる? 互いに尊重し、成長できる環境に必要な視点

カトリック大学の価値観から生まれた、DEI&B宣言
上智大学のダイバーシティ推進の根幹には、カトリック大学としての長い歴史と価値観がある。これらが形成した独自のアイデンティティは、現代において求められるダイバーシティの精神と密接に結び付いているものだ。横山恭子副学長は、ダイバーシティ推進の根本にある大学の考え方をこう整理する。
「自分の能力を他者のために生かし、同時に自分自身も高めていく姿勢は、本学が大切にしてきた『真理の探究』につながるものです。こうしたあり方は、本学のダイバーシティへの考え方とも深く関係しています。立場や状況の異なる人と対等に向き合い、共に考え、共に歩むという点で、多様性の尊重をうたうダイバーシティの理念と重なる部分が非常に大きいです」
学生・卒業生・教職員を問わず、大学に関わるすべての人を「ソフィアファミリー」と呼ぶ文化は、上智大学に根付く対等性の感覚を象徴している。肩書や立場を超え、互いを1人の人間として尊重する姿勢が、日常の振る舞いとして受け継がれてきた。
学生総務担当副学長
総合人間科学部教授
横山 恭子氏
こうした土壌の上で、上智大学は早くから男女共同参画の宣言を掲げ、LGBTQ+支援、障害のある学生の支援、多文化共生など、多様な取り組みを進めてきた。一方で、取り組みの全体像が学内外に十分伝わらず、上智大学の姿勢が可視化されていないという課題意識もあった。
「DEI&B推進宣言を明確に掲げる決断に至った背景には、こうした実践を見える形で示し、コミュニティ全体が共有できる指針として再定義する必要性があったからです」
もっとも、ダイバーシティ推進の道のりには、異なる宗教的信条や文化的背景から生じる葛藤が避けられない。カトリックの精神を礎とする上智大学にとって、例えば性的マイノリティの扱いをどう位置づけるかは長く繊細な議論の対象となってきた。伝統的価値観と現代の人権感覚の間で揺れながら、大学としてのあり方を模索してきたのである。
「この歩みに方向性を与えたのが、前ローマ教皇フランシスコによる『ある人について何らかの判断を求められるとき、決してその人の性的指向ではなく、その人の人間としての尊厳そのものに注意を向けることが大切』という明確なメッセージです。
思想や信条が異なる人々が共に生きていくために何が必要なのかを、一緒に考えていくという私たちの姿勢にとって、この言葉は大きな支えとなり、宣言を正式に表明する後押しとなりました」

宣言に「B(Belonging/帰属感)」を含めたのは、心理的安全性と強く結び付く概念だからだ。自分の考えを頭ごなしに否定されないこと、自分にも居場所があると感じられることが、上智のダイバーシティを支える前提になる。
「学生にとっても教職員にとっても、自分も他者を尊重する限り『ここにいていい』『何を言っても頭ごなしに否定されない』と感じられるかどうかはとても重要です。Belongingを明示したことで、その方向性を大学として共有しやすくなりました」
深層のダイバーシティを育む、風土づくりのアプローチ
向き合うのは、ジェンダーや国籍といった表層的な違いにとどまらない。価値観や考え方といった「深層のダイバーシティ」だ。心理学が専門の横山副学長は、この点を自身の専門知に基づいて次のように説明する。
「人は誰しも、自分の中に偏見や『べき論』を抱えています。それを『ないもの』とするのではなく、『なぜ自分はそう感じるのか』を問い直すことが大事です。自分の内側の偏見と向き合えるようになると、他者を見る目も少し優しくなり、排除ではなく理解に向かっていけるのではないかと思います」
理念や宣言を、日々のキャンパスの空気にどう接続していくか。大学にできるのは1つの正解を示すことではない。学生に多様な問いを投げかけ、自分の違和感を自分事として考え続けられるよう促すことだ。
その実務面を担っているのが、ダイバーシティ・サステナビリティ推進室である。藤野圭室長は、同室のミッションを「風土づくり」と「可視化」の2つに整理する。
ダイバーシティ・サステナビリティ推進室 室長
藤野 圭氏
「1人ひとりが大切にされ、自分の居場所として上智大学を捉えられるような風土をつくることが大きなミッションです。同時に、学内のさまざまな取り組みや制度、そこで活躍している人たちの情報を集め、有機的に結び付けて発信することも重要な役割です。『何かやりたい』と思っても、どんなリソースがあるのかわからない学生は多くいます。そうした学生の相談を受け、学内の制度や設備と結び付けるのも、私たちの役割です」
推進室では、学内外のロールモデルやSDGsに取り組む学生・留学生へのインタビューを継続し、WebサイトやSNSでの定期的な発信を「止めないこと」を徹底している。その結果、授業で取り上げたいという教員や、学生からの取材の希望など、反応の輪が広がってきた。
さらに、見える化の取り組みとして、学内のダイバーシティ関連施策を一冊にまとめたハンドブックも作成した。藤野室長は、その必要性をこう語る。
「部署ができた当初、私たち自身が制度を把握するのに苦労していて、『学内の制度が1カ所にまとまっていれば、どれだけ便利だろう』という実感が出発点でした。他大学の例も参考にしながら、ジェンダー、LGBTQ+、障害、育児・介護、多文化共生など、相談窓口や制度を一覧できるように整理しました」
実際、ハンドブックを初めて手にした教職員からは「こんな制度があるとは知らなかった」「自分の部署の業務にも生かせる」といった声が寄せられた。分散していた情報が1つに統合されたことで、「困ったときにどこを見ればよいか」が格段にわかりやすくなったという。
キャンパスにDEI&Bを根付かせる「対話の実践」
推進室の取り組みを象徴するのが、「ソフィア・ダイバーシティ・ウィーク」だ。毎年11月25日(女性に対する暴力撤廃の国際デー)から12月10日(世界人権デー)までの期間、ダイバーシティに関する講演会やイベントを集中的に開催している。
一般参加も歓迎する開かれたプログラムであり、多様な立場の人々が交差する「共創の場」として機能するイベント。藤野室長がとくに重視しているのは、「関心の高い人だけが集まる場」にしないことだ。
「著名人や若者の支持を集めるインフルエンサーの方に登壇していただくこともあります。まずは足を運んでもらうことを大切にし、そのうえで、『このテーマについても一緒に考えてみませんか?』と問いかける。その順番を大事にしています」
学内のつながりをさらに育てる試みとして、新たに始めたのが毎月第3水曜日に開催する「ダイサストーク」だ。ダイバーシティやサステナビリティに関心のある学生や教職員が自由に集まり、ゲームやクイズを通じて交流する、肩の力を抜いた小さな対話の場である。「楽しさ」を入り口にしながら、「気づき」へと導くというアプローチから、「深層のダイバーシティ」を育む土壌が広がることを狙っている。
こうした着実な歩みは、客観的な評価としても実を結んでいる。D&Iに取り組む企業・団体を評価する「D&I AWARD 2025」において、上智大学は最高位の「ベストワークプレイス」に認定された。学校法人が最高位認定をされたのは、同賞でも史上初であり唯一であるという。国籍や宗教的背景の異なる人々が共に学ぶ、多文化共生における環境整備と、それを支える対話の風土が、制度と実践の両輪で機能していることの証左といえるだろう。
今後、大学にDEI&Bを文化として根付かせるために、横山副学長は「自由に語り合えるコミュニティ」の必要性を強調する。
「学生も教員も、自分の専門に閉じこもらず、異なる分野の人々とフラットに対話を積み重ねることから、新しい『知のかたち』が生まれると考えています。知の創造という観点に立てば、ダイバーシティは配慮のキーワードにとどまりません。
主流から外れて見える視点や少数派の経験にこそ、これまでにない発想の種が潜んでいます。そこに目を向けていくことで、新しい知が生まれ、世界はもっと豊かで面白くなるはずです」
上智大学にとって、DEI&Bは長年受け継いできた「他者のために、他者とともに」という精神を、現代社会の課題に即して編み直す営みそのものだといえる。ここで学び、働く1人ひとりがそれぞれの場所で「ここにいていいんだ」と、他者を認め合える社会をつくっていく未来に向けて、キャンパスでの対話と実践はこれからも積み重ねられていく。



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