人類を持続可能にする次世代を育成できるか? 6学科の学生が集い議論する上智の英語コース
国境が閉じても国際協力は続く
「コロナをはじめ、現代のグローバル社会に横たわる問題は、1つの専門分野からのアプローチだけでは解決できないものが多いです。そうしたときに必要となるのは、相手を打ち負かすような競争力ではなく、協力や協働です。国境が閉じられていても、さまざまな専門家が力を合わせて、グローバルに協力しなければ乗り越えることはできません」
そう語るのは上智大学総合グローバル学部の丸山英樹教授。ユネスコやOECDの調査や運営にも関わり、持続可能な開発や国際的な教育協力などについて研究してきた専門家だ。国際開発1つを取ってみても、一昔前の手法はすでに通用しなくなっているという。
「これまで国際開発分野においては、経済的な活動が重要でしたが、今や環境問題、貧困、ジェンダーといったSDGsにおいて指摘されているようなさまざまな問題が、経済活動とも深く絡み合っていることに気づきます。多様な分野の意見や叡智を掛け合わせる必要があり、グローバル化した社会ではよりインクルーシブなアプローチが非常に重要になるのです」(丸山教授)
こうした地球規模で連関する課題の発見と解決に、多様な視点と知識をもって臨む未来世代を育成する新しいコースが、上智大学に2020年秋に誕生した。英語によるプログラム「Sophia Program for Sustainable Futures(SPSF)」だ。
上智大学にすでにある新聞学科、教育学科、社会学科、経済学科、経営学科、総合グローバル学科(国際関係論、地域研究)という6学科の7つの専門分野にわたって新設された横断的なコースで、受験時に選択した学科の専門分野を英語で履修すると同時に、「Sustainable Futures(持続可能な未来)」を追求していくという新しいコンセプトのプログラムとなっている。立ち上げから携わってきた丸山教授は、このプログラムの魅力を次のように語る。
「上智の英語コースは、国際教養学部や理工学部などにすでに複数ありますが、SPSFでは異なる7つの専門分野をまたぐコースとなります。学生は自分の専門を深く掘り下げるとともに、他の専門の授業を通して学際的な学びを得ます。いわば縦と横の方向軸で、それぞれをクロスさせながら課題の設定と問題の解決へと向かう力を育てるカリキュラムになっています」
具体的には、1年次には6学科の教授がオムニバス形式で行う授業が用意されている。コースのメインコンセプトでもある「Sustainable Futures」を考えるうえでの基礎となる理論や方法論を学んだり、グループワークを通して現実の課題を探索したりと、複数の学科を横断したメリットを生かした授業を受けていく。2〜3年次には各学科の専門科目を中心に深く学び、再び3年次で同じ学生が学んできた専門的な叡智を持ち寄り、グループワークなどを通して具体的な課題解決へと導いていく。
制限がもたらすクリエイティビティ
初年度のSPSFの入学生37人の内訳は、海外からの留学生が3分の1、海外の現地校やインターナショナルスクールからの日本人学生が3分の1、残りが国内の高校やインターナショナルスクールを卒業した日本人学生と、多様性に富んだ構成になっている。
ある授業では、国際的な資料データを読み取ってシミュレーションをグループごとに行うのだが、その時、丸山教授はあえてすべてのヒントを教えず、解にたどり着くための議論を促す。すると、さまざまな専門、さまざまなバックグラウンドを持つ学生がいるからこそ、「ジェンダーに目を向けては?」「教育的な数値はどうだろうか?」と異なる視点から意見が飛び交い出すこともあるという。
より具体的な気づきを得る機会もある。SPSFコース一期生の佐伯華さんは次のように語る。
「クラスメートのアメリカ人が人種差別抗議活動『ブラック・ライブズ・マター(BLM)』のムーブメントを話してくれて、BLMの捉え方が変わりました。そのクラスメートはデモの参加者がお店の窓を壊しているところに遭遇して、ものすごい恐怖を感じたと言うのです。BLMの話もですが、ニュースで見るのとは違って、実際に体験した人の話を聞くことで、世界がより身近になりました」
コロナ禍の影響で、上記のようなやり取りを含めて、すべての授業はオンラインで行われているが、学生たちは制限の中で「よりクリエイティビティを発揮している」と丸山教授は1期生を表現する。
「100分の授業時間だけでは足りないと学生たちからの要望が出て、オンライン授業の後にはホスト権を学生に渡すようになりました。学生たちは授業後に、自分たちで議論しています。まだ海外にいて日本に渡航できない学生もいますが、国境を超えて何ができるのか、どうやってつながっていけるのかなど、リサーチを重ね議論する自主的な動きがあちこちで起きています」
シズカ・ジャズミンさんは長野の実家にいながら、世界各地のクラスメートと議論を楽しんでいる。
「授業後に学生だけで1時間ぐらい話しこむこともありますよ。例えば、世界に対するアメリカの影響力の強さについてソーシャルメディアを絡めて議論した時。ツイッターもフェイスブックもインスタグラムも全部アメリカ発で、ソーシャルメディアの人気を牽引してきましたが、今は中国発のTikTokがすごい勢いで台頭してきている。グローバルな影響力とその背景についての話でしたが、身近な話題ということもあって、議論も白熱しましたし深まりました」
国籍を超え、国境を超え、SPSFの学生たちはモチベーション高くさまざまなことを議論し吸収している。議論三昧という印象だが、そこには丸山教授の狙いがある。
「重要なのは、出された問題への正解に素早くたどり着くよりも、その場の相互作用で生まれる偶発的な学習や共有体験です。コロナ禍の限られた状況にいるからこそ、自分のやりたいことを可能にするには協力しないといけないという意識が相乗効果となり、学生たちは積極的に学んでいます」
名もなき人たちの未来のために
このプログラムの名称にもあり、学生たちが4年間問われ続けるのが「Sustainable Futures=持続可能な未来」をデザインすることだ。この言葉にはどんな思いが込められているのだろうか。
「Futuresと複数形であることにも、重要な願いが込められています。SDGsは2030年の実現を目指した大きな国際的な目標の1つですが、私たちがデザインしていくのはそれだけでなくその先も含めた未来、そして地球規模の目標だけではなく一人ひとりの未来です。未来のカタチ、幸せのカタチは、十人十色。人によって異なるからこそ、ただ大きなもの、他人が決めたものに従うだけでなく、未来を自分でデザインしていく必要があります」(丸山教授)
さらにキリスト教ヒューマニズムに基づく上智大学の「他者のために、他者とともに」という理念も「Futures」には込められている。
「このコースで学び、社会でのリーダーや変革者となっていく人が多く出てほしいと思っていますが、そのときに自分のためだけでなく、他者のためにどうすべきかを考えてほしい。市井の人々、名もなき人たちを含めた持続可能な未来をどうつくるか、そうした意味での複数形の多様な未来なのです」(丸山教授)
1期生の一人、ショート真菜さんはまさにそんな未来の担い手となることを目指して、SPSFに飛び込んでいる。
「姉2人はアメリカの大学に進学したので、私もなんとなくアメリカに行くことを考えていましたが、サステナビリティについて学べるということでSPSFを選びました。高校の頃から環境や気候変動の問題を勉強していて、SPSFならぴったりだと思ったのです。今も友人と環境問題に関するイベントを開いたり投稿をしたりと活動をしているのですが、将来は国連やNPO団体で若い世代に関心を持ってもらうための活動に携われたらと思っています」
多くの学生が希望を持ってSPSFの門を叩いたにもかかわらず、最悪のタイミングでコロナ禍が襲ってきた。まだ一度もキャンパスに入っていない学生もいる。だが、このタイミングは運命的ともいえる。この地球規模の課題解決と持続可能な社会の実現のために、叡智を集わせ、協働し、アクションを起こせるリーダーが今この瞬間にも求められており、それはまさにSPSFで学ぶことだからだ。そして1期生たちの話を聞いていると、SPSFから世界的リーダーが出るのは、そう遠い未来の話ではないかもしれない。