スーダンで国外退去令、国連職員が取った行動 上智の講座で身に付ける「緊急人道支援スキル」
「プロフェッショナル」が求められている
――上智大学の「緊急人道支援講座」は2019年4月に開講されました。今なぜ、このような講座が必要とされているのでしょうか。
小松 現在、世界各地で大規模な紛争や自然災害、感染症などの人道的危機が起こっており、人々、とくに子どもや女性、高齢者など、弱い立場にいる人々の生命や生活が脅かされています。このような状況に置かれている人々を守るための活動が緊急人道支援です。
世界的に人材不足であるにもかかわらず、国内ではこれらを体系的に学べる場がほとんどありませんでした。そこで本学で基礎知識とスキルを身に付けられる講座を開講しました。
忍足 小松さんからこの話を聞いたとき、「上智がやっとやってくれる」とうれしく思ったのを覚えています。
私は30年以上にわたり国連に勤務し、国連世界食糧計画(WFP)では、紛争地における緊急人道支援にも数多く携わってきました。2018年には世界の難民・避難民の数が過去最多を記録し、さらに増える傾向があります。WFPの予算は年間8000億円にものぼり、PKO(国連平和維持活動)の予算を上回ります。そして、その予算の80%は紛争地で使われていて、緊急人道支援に携わる人材のニーズも高まっています。
小松 このニーズに応えるには人材の育成が不可欠です。しかし、これまで緊急人道支援の知識やスキルを身に付けるには、それこそ国連などの国際機関や、赤十字、非政府組織(NGO)などに入って、先輩などからOJTで見よう見まねで学ぶくらいしか方法はありませんでした。それだと実際に紛争が起こらなければ、学ぶ機会がないということです。
また、緊急人道支援の現場では、自分たちの組織だけで単独で活動することはまれで、現地の政府、国際機関、NGOなどと連携して活動することがほとんどです。そこでの調整や交渉などのやり方にも国際的なスタンダードがあります。さらに、人道支援やNGOというと、日本ではボランティア的なイメージがあるかもしれませんが、実際にはプロフェッショナルの集団です。そこで活躍できるような専門的な知識とスキルを備えた人材を日本で育てたいという思いもありました。
現地でいかに意思決定をするか
―― 上智大学「緊急人道支援講座」では、春期講座(4月~7月)と秋期講座(9月~1月)がありますね。
小松 春期講座は緊急人道支援の範囲や原則、支援の仕組み、最新の動向など、基礎的な知識を得られるようになっています。秋期講座ではプロジェクトマネジメントや交渉、安全管理など、実際の支援の現場で求められるスキルを身に付ける内容になっています。
カリキュラムを作る際に最も力を入れたのは、緊急人道支援の最前線で経験を積まれた方々に意見を伺い、実際に講義も担当していただくことでした。忍足さんと、支援の質とアカウンタビリティ向上ネットワーク(JQAN)認定トレーナーの木村万里子さんにはアドバイザーも務めていただいています。忍足さんには、紛争や自然災害の現場での“修羅場”の経験を受講生に伝えてほしいとお願いしました。
忍足 私は2004年に、スーダンのダルフール紛争をめぐる200万人もの避難民への食糧支援活動にコーディネーターとして参加しました。派遣された際にはどこにどれくらい避難民がいるかもわからないような状況でした。オフィスや倉庫などをゼロから作り、ダルフール全土への食糧支援を行いました。
後にWFPのスーダン代表として赴任していた2009年には、想定外の困難も起こりました。国際刑事裁判所が当時のバシール大統領に逮捕状を発付したことをきっかけに、国際NGOを国外へ退去させたのです。そのまま退去しては食糧配給ができなくなります。私は、NGOのスーダン人スタッフ300人がまだ現地に残っていると知り、その全員をWFPのスタッフとして雇用するように指示しました。正規のやり方ではありませんが、ローマの本部にも連絡を入れずに判断しました。実際に、現場で重大な意思決定を迫られることもあります。
小松 忍足さんが経験されたほどではないにしても、「現場ではこのようなことも起こりえる」ということを知っているだけでも受講生にとっては有益です。
当講座では、通常は春期講座で基礎的な知識を、秋期講座でさらに実践的なスキルを身に付けてほしいと考えていますが、すでにNGOや民間機関で経験を積んでいる人であれば、春期講座を中心に知識を補完するといった受講方法も可能です。
受講生のネットワークは一生の財産に
―― 緊急人道支援講座は、1年目の講座を終えました。どのような手応えを感じていますか。
小松 初年度から多様な受講生が集まりました。すでに国際協力機構(JICA)などの団体に勤務している人のほか、NGO、そして開発系コンサルタントなど民間企業に勤務している人もいます。また、現在は緊急人道支援に関わっていないものの、将来的にそのような活動に参加したいと考えている人もいます。
各講義後にはリフレクションシート、そして講座の修了後には受講生にアンケートの提出をお願いしていますが、講座の内容に対して高評価していただいている受講生がほとんどです。
忍足 緊急人道支援に携わっている人、関心がある人たちが、同じ空間で机を並べ、講義を受けたりディスカッションをしたりという場ができたことだけでも重要だと思います。将来どこかで一緒に活動することになるかもしれません。大げさでなくここで築いた人的ネットワークが一生の財産になりますね。
小松 講座の定員を25名と少数にしているのもそのためです。座学だけではなく、講師と受講生・受講生同士のディスカッション、シミュレーション、ロールプレイングなどの双方向のカリキュラムをふんだんに取り入れています。
忍足 私も、70を超える国籍のスタッフをまとめるうえで求められたリーダーシップや意思決定のあり方など、自分の経験を受講生の皆さんに理解しやすいように、できるだけ現場でのケースをもとに伝えるようにしています。
小松 受講生の声などに応えて、今後はさらにブラッシュアップすることも考えています。もともと当講座は都心の四谷キャンパスで夜間に開催されることから、仕事を続けながらでも受講しやすいという特長がありましたが、中にはどうしても出張などで参加できないという人もいました。そこで、テレビ電話などを使って出張先などからでもディスカッションに参加できるような仕組みの導入を検討しています。このほか、安全管理などの講義では、キャンパス外でのフィールドワークなども取り入れたいと考えています。
忍足 われわれ現場の人間から見ても、カリキュラムは充実しています。まずは緊急人道支援に関心を持つ人が増えてほしいですね。
小松 国際協力の仕事というと、国連の本部に勤務するようなイメージを持つ人もいるかもしれませんが、実際には忍足さんのように、支援の現場で働きたいという人も少なくありません。当講座は、そのような人たちの「何からやればいいのか」という疑問に答え、機会を提供する場になると自負しています。
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