「AI翻訳あれば英語学習不要」が的外れなワケ 上智大学が教える「真の語学力と教養」とは?

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IT技術が発達し、翻訳もAIに任せようという英語不要論がささやかれるようになった。しかし、世界共通語である英語は、今も日本人の学びの大きな目標の1つだ。どんなに便利な翻訳ツールが出ても、私たちが英語を学び続けるべきなのはなぜか。そして、VUCA(Volatility・Uncertainty・Complexity・Ambiguity)といわれる時代にこそ、人間に求められる高度なコミュニケーション能力や国際的教養とは。TOEFL®テストを運営するETS Japanカントリーマネージャーの根本斉氏と上智大学の言語教育研究センター長である藤田保教授が語った。

コロナ禍でオンラインの学びが世界を広げた

――コロナ禍で海外との往来も制限され、国内でグローバル化が感じにくくなったとの声があります。

上智大学
言語教育研究センター
教授/センター長
藤田 保氏

藤田 日本人の海外への関心が薄れ、“内向き傾向”にあるというのは、コロナ前から言われてきました。コロナで海外との往来も途切れ、さらにその傾向に拍車がかかってしまった印象です。

一方で、この期間にオンラインでの学びが一般化しました。それによって国内にいながら海外の講座を受けられたり、異なる国にいながら意見交換ができたりなど、外とつながりやすい環境が出来上がってきましたね。

その意味ではグローバルな事象に関心を持つ人とそうでない人の間に大きな乖離が生まれ、二極化が進んだと言えるでしょう。

ETS Japan合同会社 
カントリーマネージャー
根本 斉氏

根本 確かにコロナ前から日本人の内向き傾向はありましたが、世界に目を向けると学生の流動性は高まっています。海外で学ぶと母国でのキャリアアップや社会貢献につながることが周知されて、アジアの学生を中心に、海外で学ぶことが一般化しています。

海外での学びがさらに広がる中で必要なのは、やはり共通言語である英語です。私たちETSはテスト会場受験型のTOEFL®テストに加えて、昨年から自宅でも受験できる「TOEFL iBT® Home Edition」の提供を開始しました。コロナ禍でも英語学習への意識は落ちていないと感じています。

大人こそ英語学習法のアップデートが必要

――近年の日本教育における英語学習の課題は、何でしょうか?

藤田 今の大学生や新社会人は、小学校から外国語の授業を受けている世代。大学で教えていても、意見を述べたり発表したりと英語でコミュニケーションを行うことに対して、学生の抵抗が減ってきているのを感じます。

そういった意味で、英語学習に関するアップデートが最も必要なのは、私たち大人なんです。

私たちが学生時代に学んできた英語は、単語の暗記や文章を翻訳することが中心でした。しかし、今はコミュニケーション中心の学びになっています。教科科目(content)の学習と外国語(language)の学習を組み合わせた「CLIL=内容言語統合型学習(Content and Language Integrated Learning)」が主となりつつあります。ただ英語を話せるということより、新聞などを読んで理解した問題について議論し、解決のために他者と協働する英語です。TOEFL®テストでも、リーディングやリスニングをし、スピーキングで解答するなどの形式も増え、技能統合型になってきていますよね。

英語学習に関するアップデートが最も必要なのは、私たち大人

根本 世界における英語を学ぶ目標がこれまでと変わってきていますね。「なぜ英語を勉強するのか」という根本的な問いに立ち返るときが来ています。ただ、海外の人と交流したい、旅行がしたい、という目的ももちろんあっていいです。

しかし、このVUCAといわれる変化の多い時代において、つねに学びをアップデートし続けられる生涯学習者であることが、何よりも強みとなります。例えばテクノロジーや経営学の分野では、最新情報の日本語訳を待っていると非常に不利です。昔はある本や論文が出たら翻訳されてから読んで勉強していましたが、今はそのスピードだと最新の議論に追いつけない。やはり英語「で」理解するという能力が必要になってきていると思います。

これからの時代、学び続けられる人間でいなければ、自分たちの社会や未来をよい方向に変えていくのは難しいのです。学ぶための英語は、その生涯学習の1つのツールとして欠かせません。

AI翻訳に人間が勝る思考力と背景理解力

――高精度なAI自動翻訳ツールが広まり、英語学習不要論も出ています。

藤田 使えるものは手助けとしてどんどん使えばいいと私は思っています。AIや翻訳ツールの進化は目覚ましく、マニュアル的な技術文章はとりあえずAIでできてしまうでしょう。
 しかし、交渉ごと、ニュアンスを伝える、行間を読んで議論をする、というようなことは、まだAIには任せられません。

言語は、思考するツールでもあります。その言語の背景となる文化や思考法を理解して話す必要があります。複数の言語を話せるということは、それだけの思考法を体得しているということでもあり、物事に対して複眼的な捉え方ができるのです。

根本 私は外資系企業の管理職という立場でもあり、日々グローバルでの会議に参加しています。共通言語はもちろん英語ですが、さまざまな国の人がいる中で、相手のカルチャー、人間性、立場を理解したうえで自分の意見を伝えることが求められます。

残念ながら現在のグローバル企業において日本人の管理職が少ないのは、語学力に加えて多様性や異文化を理解したうえで交渉できる人が少ないからでしょう。AIは補助的に使うには便利ですが、英語を一から学び、文化も含めて体得してこそ、本当に大切なコミュニケーションができると考えています。

相手のカルチャー、人間性、立場を理解したうえで自分の意見を伝えることが求められる

懇親会で仕事以外の話で盛り上がれるか?

――改めて、今こそ子どもからビジネスパーソンまで身に付けていきたい語学力、人間力とはどんな力でしょうか?

根本 国際的な舞台で仕事をしていくためには、専門知識があることの証明が必要です。その1つがTOEFL®テストをはじめとする語学テストですが、TOEFL®テストはよく「傾向が読みづらくて対策しにくい」といわれます。それは、問題集で対策できるマニュアル的な問題だけでなく、自分の専門や仕事以外の話題でも話ができる教養や、統合的な力を必要とする問題だからです。

海外とのビジネスでは、実は交渉や会議の場と併せ、その前後の食事やちょっとした会話の場で関係を築けるかも重要になります。懇親会が苦手という日本人は多いですが、そうした場で怖がらずに話せる教養力は、自分自身にとってもさまざまな扉を開いてくれるはずです。語学力と国際的な教養力は、グローバルな人材に必要不可欠だと思います。

藤田 上智大学の教育の精神に「他者のために、他者とともに」という言葉があります。多様な人々と協働しながらこれからの社会をつくる人材を育てるためには、英語教育はもちろん、相互理解の基盤となる教養を育てることが重要です。

多くの国・地域における文化背景などの教養を身に付けるためにも、上智では「複言語主義」を取り、英語と日本語以外に20の言語を学べるようにしています。英語も教養も、テストでいい点を取るためのものではなく、さまざまな言語や文化を身に付け、心を豊かにするもの。言語学習を通じて、グローバル人材に必要な思考ツール、教養を習得してほしいですね。

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連載「叡智が世界をつなぐ」