国際公務員に「確固たる動機」が必要な理由 「厳しい競争とタフな現場」に克つ上智の理念

国際公務員への道
「国際機関で働きたい」。その思いが強くなればなるほど、次に疑問が湧くだろう。「でもどうやって?」。
そんな思いに応えるために、上智大学が「バンコク国際機関実務者養成コース」を11月16日からスタートさせる。正確にいうと、本講座の企画・運営を担うのは上智大学ではなく、「Sophia Global Education and Discovery Co., Ltd.」 (以下、Sophia GED)。上智大学を運営する上智学院が昨年バンコクに新設した事業会社だ。
本講座は、週2回、5週間の集中講座。タイ・バンコクが拠点だが、講義はZOOMによりオンラインで行い、討論やワークショップなどの活動も組み入れている。最大の特徴は、各機関での実務経験豊富な講師陣だ。講師を務めるのは国連児童基金(UNICEF)や国連教育科学文化機関(UNESCO)、世界銀行(世銀)、国際協力機構(JICA)などの現役職員や、アジア開発銀行(ADB)、国際労働機関(ILO)などでマネジメントを経験した元職員。
講師たちからアジアの発展途上国が直面する社会開発課題を学ぶだけでなく、業務に求められる実務的な知識とスキルのレクチャーを受け、国際機関や国際協力でのキャリア形成に役立てることができる。Sophia GEDの代表取締役で上智大学グローバル教育センター教授の廣里恭史氏は次のように説明する。
廣里 恭史 教授
国際学修士(上智大学)、国際開発教育学博士(ピッツバーグ大学)。世界銀行、アジア開発銀行などを経て、2014年上智大学に着任、19年からSophia GED代表取締役
「具体的にはプロジェクトのロジカル・フレームワーク(概要表)や実務サイクルをベースに学んでいきます。例えば、ADBの教育部門業務の場合、スタートは国全体のニーズの掘り起こしからです。国を俯瞰してみれば、教育といってもさまざまなニーズがあります。マクロ経済との関連も念頭に置きつつ、そのニーズの優先順位を考えながら個別の課題に対応していきます。どの教育段階を対象としているのか、教育機会の公平性や『学び』の質に問題はないか、など多種多様な課題があります。一方、教育は労働市場とも密接に結び付きますので、他分野とも調整しながらプロジェクト全体をどうやってまとめあげるのかなど、検討することは多岐にわたります」
日本には国際公務員養成のための講座はあまり多く存在しない。そのため、現役スタッフから実例を交えたレクチャーを受けるのは貴重な機会になるだろうが、そこから先の道が依然として険しいことは確かだ。
まずは、ここで国際機関に入る方法を確認しておこう。
道筋はさまざまあるが、典型的なのはJPOとYPPだろう。JPO(Junior Professional Officer)は、日本政府が費用を負担して日本人を一定期間国際機関に「職員」として派遣する制度だ。ただし、派遣終了後に正規職員となるには、空席ポストに応募して採用されなければならない。
YPP(Young Professionals Programme)は国連事務局や世銀などの制度で、合格すると国連事務局の場合はロスター(合格者名簿)に掲載され、空席ポストを待つ状態になる。世銀の場合は常勤職員として採用される。それ以外は中途採用で、空席ポストへ応募して採用されることを目指す。いずれも修士号以上の学歴と実務経験が求められることがほとんどで、応募者も多い。相応の努力と覚悟を持って知識を蓄え、スキルを高める必要がある。
そんなときに、本講座が貢献できる側面があると廣里氏は語る。
「国際機関や国際協力分野で働くことの意義に触れ、多様な専門性を持つ講師陣から見識を深めることができます。こうして国際貢献への『動機』を確固たるものにすることが、厳しい競争を勝ち抜くだけでなく、国際機関でのタフな現場に耐えうる素養を身に付けるには不可欠なのです」
上智では、本講座に先んじて、3年前から「国際公務員養成講座」も開講しているが、こちらは国際公務員の採用試験を突破するためのテクニックを学ぶことに特化したものだ。この講座は、JPO試験合格者などを輩出するなど実績を上げている。上智はこれらを踏まえながら、国際公務員にアプローチする道筋をより多角的につくろうとしているということだ。
バンコクは国際機関の集積地
では、そもそも、なぜバンコクに上智の事業会社Sophia GEDがあり、バンコクで講座を開くのか。
「バンコクには、国連の各機関のアジア太平洋地域総本部や、世銀、ADB、JICAなどの事務所が集中しており、周辺各国の駐在事務所とも連携してプロジェクトの企画と実施を行う拠点になっています」(廣里氏)
本講座の現役講師陣も、上記の拠点に籍を置く専門家が多い。講座自体はオンラインでの開催だが、今後の活動では現地フィールドでの実地研修を行うプログラムも出てくるだろう。
Sophia GEDがバンコクという国際機関の集積地に置かれているのは、本講座のためだけではない。昨年4月の創設以来、上智の理念と東南アジアでのネットワークをベースに、コロナ禍に見舞われながらも、さまざまなプログラムをスタートしている。
6月からスタートしている高校生対象の「せかい探究部」(オンライン探究学習サポートプログラム)、9月から始まる大学生向けオンライン留学プログラム「東南アジアに学ぶ:強靭かつ持続可能な未来社会の共創」などの企画や運営も手がける一方で、同じく9月には、日本の一般社団法人HR Japanと共同し、タイ人の大卒者の日系企業への就職を支援するオンライン人材採用プログラムである「JapaThai Jobs」のサービスを開始する。
「タイでは転職が活発なこともあり、人材紹介会社が仲介する既存のサービスでは企業側にとって費用対効果が薄い。そのため、求職者と企業をオンラインで直接結び付けるサービスへのニーズがあると考えました。コロナ禍で経済活動が停滞する中、日系企業への就職を希望するタイ人の大卒者を支援する本サービスの社会貢献意義は大きいと考えています」(廣里氏)
「運」を引き寄せる努力
上智の国際公務員養成に関する取り組みを語るときに、廣里氏の存在は欠かせない。それは、廣里氏自身が上智大学の出身であり、長く世銀やADBなどで働いてきたからだ。国際舞台で華々しい活躍をしてきた廣里氏だが、本人は「思い描いていたスムーズなキャリア形成ではなかった」と苦笑する。
廣里氏は上智大学大学院を修了後、米・ピッツバーグ大学に留学。博士号取得の過程で世銀への関心が高まり、恩師の紹介を受け、世銀・国際通貨基金(IMF)の合同開発委員会事務局にて特別任務官に就任し、世銀とNGOとの業務連携に従事する。
その後、人脈を築く中でADBに誘われ、YPPに合格しADBへ移籍。途中、名古屋大学大学院教授なども経て、ADBでは足かけ25年を過ごした。とくにメコン地域の教育開発での功績が認められ、ベトナム、ラオス両政府から勲章を授与されている。
「正直に言いますと、当初世銀でキャリアを始めたときには、地球規模で開発金融の仕事を率いていきたいと思っていました。日本の大蔵省(当時)と仕事をすると、私が20代でも、先方からはものすごい高官が出てきたりして舞い上がっていたのかもしれません(笑)。それがADBへ移ってからは、一貫して、専門とする東南アジアの教育開発と人材育成に人生を捧げることになりました。仕事に誇りを持って誠実に取り組んできたという自負はあります。そこには何の後悔もありません。国際機関でのキャリア形成には人脈や運も必要で、自ら学び、チャンスを求めることで広がっていくと私は思います」(廣里氏)
バンコク国際機関実務者養成コースにはコーディネーターを務める廣里氏自身の講義もある。国際公務員のリアルに触れることは、己の力を磨き、国際社会に貢献し続ける人生を歩むための大きな第一歩になるだろう。



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