データサイエンスを「必修化」する上智の狙い 文系にも求められるデータを「つなげる視点」

「データサイエンス概論」を1年次の必修科目に
――1年次の必修科目にデータサイエンスを加えると聞きました。
伊呂原 これまでにもデータサイエンスの授業はありましたが、2022年度からは、データサイエンスの全体像を把握する「データサイエンス概論」が全学共通の1年次必修科目になります。
その背景は、データ駆動型社会が到来し、どのような専門分野へ進むにせよデータと向き合う必要があり、それなくして社会のリーダーとなることは難しくなってきていると考えるからです。
学務担当副学長
理工学部情報理工学科
教授
伊呂原 隆
人間中心の超スマート社会Society5.0への対応が迫られる変化の激しい社会で重要なのは、大学4年間学んでおしまいではなく、生涯にわたって学び続ける力を身に付けた「自律した学修者」となることです。そのために、21年7月には「基盤教育センター」を設置しました。同センターは、全学共通科目の構成や教員の授業手法などについて、学部の垣根を越えて統括的に扱う専門部署です。
22年度からは、「データサイエンス概論」の導入のみならず、新たな全学共通教育カリキュラムを導入します。「自律した学修者」になるという基本コンセプトにおける「コア」部分として、「人間理解」「思考の基盤」という2つの柱があります。「人間理解」は心と体を通して人間を理解しようとする「キリスト教人間学」と「身体知」の2カテゴリーから構成され、学び続ける基本となる知の技法を身に付ける「思考の基盤」には、クリティカルシンキングと表現力を身に付ける「思考と表現」とデータを読み書き、活用する力を身に付ける「データサイエンス」の2カテゴリーを設けています。「データサイエンス概論」の必修化は、全学共通教育におけるさまざまな改革の1つです。
百瀬 データサイエンスの科目が上智で導入されたのは15年度です。当初は特定の専門分野の知識を深めるための科目として設置され、20年度から全学共通の選択科目として「データサイエンス概論」が開講しました。
22年度からはすべての1年生が必修科目として受講することになりますが、そこで私たちが重視しているのは、文理の区別がないことです。「データサイエンス概論」は高校での数学の知識を前提としていません。文系の学生でも学びやすい内容になっています。まずは、日常生活やビジネスの現場で、データサイエンスがどのように利用されているのかを知ってもらい、興味を持ってもらうことを目指しています。
――「データサイエンティスト」のようなプロフェッショナルでなくても、社会に出れば「概論」の知識は必要になってくる、と。
執行役員テクノロジーオフィサー
上智大学 非常勤講師
大原 佳子
大原 データサイエンスは分析・解析をするのが役割で、さまざまな手法を知り、使えることが重要です。ビジネス面から考えると、どのようなデータをどうまとめれば次のアクションにつながり課題解決を目指せるかということです。これは、あらゆるビジネスパーソンにとって、必須のスキルになってくるでしょう。
近年、データサイエンティストが注目され、統計ができる人がもてはやされましたがこれも少々ズレています。大学の統計学とビッグデータの分析は似て非なる部分も多いからです。統計学は少数のサンプルから汎用的に全体のことを言い表す学問ですが、ビッグデータはその名のとおり、たくさんあるデータから何が言えるかといったように、視点が違うんです。
データサイエンティストを目指すのであれば、統計ができるに越したことはありませんが、それよりも、データ活用とビジネスをきちんとつなげられる視点を持つことが重要です。「データサイエンス概論」はその第一歩となるでしょう。
「概論」にとどまらず、レベルアップも可能
伊呂原 今後は、あらゆる領域においてデータを利活用できる能力が求められるようになるでしょう。本学が「データサイエンス概論」を1年次必修科目にしている理由もそこにあります。
ただし、それによって単位の取得が難しくなると感じる人がいるとすれば誤解です。保護者の中には「うちの子は数学が苦手だから私立文系を選ぼうとしているのに大丈夫だろうか」と考える人もいるかもしれません。繰り返しになりますが、「データサイエンス概論」は、文理の区別なく、高校数学の知識がなくても学べるようになっています。
逆に、産業界の皆様にとっては、「それだけで社会で活躍できる知識を身に付けることができるのか」という疑問もあるでしょう。まず、本学の「データサイエンス概論」は、文部科学省が推進する「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度リテラシーレベル」(「MDASH-Literacy」)に2021年8月4日付で認定されました。数理・データサイエンス・AI(人工知能)に関する知識および技術について体系的な教育を行うものとして認められています。また、「データサイエンス概論」は導入科目ですが、2年生~4年生にかけて、展開科目、探求・統合科目と、レベルアップしながらさまざまな科目を体系的に整備していく計画です。
――年々、学生たちのデータサイエンスへの向き合い方も変わってきているのではないでしょうか。
特任教授
百瀬 公朗
百瀬 私が過去に行った科目では、文系でもPython(プログラミング言語)や、SQL(データベース操作言語)を扱うまでになった学生もいます。
大切なのは、学生が興味・関心を抱き、学ぶモチベーションを維持することです。そのために私の授業ではできるだけ、産業界の第一線で活躍している方をゲストに招いて、最新のビジネストレンドなどを紹介するようにしています。
例えばスポーツの分野では昨今、データサイエンスが欠かせないものになりつつあります。野球では投手の球種を分析し攻略法を研究したり、サッカーではフォーメーションなどについてエビデンスのあるデータに基づいて戦術を検討したりといったことが当たり前に行われているんです。
このような現場の生のリアルな話を聞かせると、学生の目が輝き「自分もこんな仕事をしてみたい」と言う人も出てきます。私が教えた学生の中には、データサイエンスを扱うドイツのベンチャー企業にインターンに行き、そのままそこに就職した学生もいます。彼にはその後、私の授業にゲストとして来て教えてもらいましたが、彼のように短期間で成長し、そのままデータサイエンスの分野で活躍する学生もいるんです。
ゴールは一人ひとりの学生によって異なります。どんな業界でどんなことをやりたいのか、そのためにどんなデータサイエンスを学びたいのか、逆算して考え、学ぶことが大切です。
大原 大学の役割は多様な方向性を示すことだと思います。私はよく自動車の運転に例えるのですが、交通標識や法規を覚えて自動車の動かし方を習うのと、データサイエンスの基礎を学ぶのは同じようなものだと思います。基盤となる知識はしっかりと大学で学んだうえで、自動車を使って何をするのかは学生自身が発見し、決めることだと思います。
ある数学が得意な学生は、卒業後は教員になるイメージしかなかったそうですが、データサイエンスの授業を受けて、いろいろな業界で活躍できるということがわかり、選択肢がかなり広がったと話していました。
「市民データサイエンティスト(シチズンデータサイエンティスト)」という言葉も生まれています。自らはデータ分析そのものを行わなくても、施策を立案するときにデータを使ってエビデンスを示したり、他の部署や外部のパートナーなどとデータを共通言語として会話したりできる人材が、どの業種・企業にも求められるようになると思います。
「自分の能力を社会に還元する」データサイエンス
――データサイエンス教育における上智大学の特色はありますか。
伊呂原 データサイエンスは、単に統計、数学だけやっていればいいということではなく、分析結果などをきちんと他者に対してわかりやすく伝え、社会を変える、仕組みを変えることが重要です。関わっている人が大勢いるわけですから、その人たちの気持ちを理解することも当然必要です。
上智大学は、“他者のために、他者とともに~For Others, With Others~”を教育の精神に掲げ、創立以来、自分の能力を他者、そして社会に還元できる人の育成に努めてきました。教員もその精神を持って科目を作り、授業を行っています。それも本学ならではの大きな特色です。

百瀬 AIのモデルを作れることがデータサイエンティストではありません。あらゆるモデルは5年後には陳腐化します。社会が急速に変化する中で、その変化に対応し、課題を解決できる人材が必要です。まさに、上智大学の全学共通科目のコアとして掲げている「思考の基盤」の「思考と表現」がきちんとしているデータサイエンティストを育てなければなりません。
伊呂原 データ収集の手法や過程においては倫理面や法律面などの知識も必要です。本学には、倫理面では神学部、文学部の哲学科などがあり、それらをサポートできますし、また法律面においては法学部もありますので、国内の個人情報保護法はもちろんのこと、欧米やアジア各国の法制度などについても専門的な知識を得ることができます。
さらに特徴的なのは、本学は90カ国から集う学生、9学部と10研究科(大学院)が1つのキャンパスに集結していることです。全学共通科目では、学生の文理の別を問わず教養と国際性を身に付けるための講義を行っていきますが、興味関心に応じて、他学部の授業を受講することも容易です。他学部との学際的な連携や、学生や教員との交流も活発に行われています。データサイエンスを学ぶ場としても本学は特色ある環境がそろっていると自負しています。



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