国際機関が実践力を人材に求める「切実な事情」 上智大学が描く「理想の国際人材」育成への道筋

混迷する世界、国際機関の価値とは
「国際協力を支えてきた多国間主義が今、まさに揺らいでいます。大国の自国第一主義の推進や世界中で起こり続ける紛争は、これまでの『平和的解決』という原則だけでは、対応が難しいという現実を示しているといえるでしょう」
国連開発計画(以下、UNDP)駐日代表を務めるなど、長年にわたり国際協力の第一線で実務を担ってきた近藤哲生・国際協力人材育成センター所長は、現在の国際情勢をそう危惧する。それに拍車をかけるのが、複雑化する社会課題だ。
グローバル教育センター 特任教授
国際協力人材育成センター(SHRIC)所長
近藤 哲生氏
国連開発計画(UNDP)前駐日代表。UNDPチャド事務所代表、UNDPコソボ事務所副代表、UNDP東ティモール人道支援調整・資金担当上級顧問、UNDPバンコク地域本部上級顧問、国連イラク支援派遣団特別顧問、UNDP本部資金パートナーシップ担当上級顧問を歴任。2025年4月より現職
「例えばパンデミック対策1つを取っても、医療の知識だけでなくワクチン供給のためのロジスティクス、経済への打撃を抑える政策、人権を守る法的枠組みなど、あらゆる分野が関連します。既存の枠組みや、単一の専門分野だけでは解決できない問題が、世界中で同時多発的に起きているのが現状です」
そのような状況下で、解決のカギを握る国際機関はどのような役割を果たしているのか。近藤氏は「報道の光が当たらない場所でこそ、国際機関は機能している」と強調する。
「スーダンの人道危機やバングラデシュの難民キャンプなど、メディアが大きく報じない現場でも、国際機関の職員は日々活動しています。私が在籍していたUNDPでは、貧困・ジェンダー・防災といったテーマを、各国政府と協働しながら推進してきました。政府だけでは対応しきれない複雑な課題に対し、国境を越えてリソースを調整し、多様なステークホルダーをつなぐ。この『調整機能』こそが、国際機関の真価ともいえるでしょう」
その実践例として、近藤氏がUNDP副代表として赴任したコソボでの体験がある。セルビア人とアルバニア人の民族対立によって深い傷を負った地域で、戦後の安定化や人道支援の取り組みを評価・再設計するプロセスを主導した。
「東京大学大学院の医学系研究科国際保健政策学の研究チームとともに、紛争後の住民の精神的なウェルビーイングを数値化する調査を実施しました。その結果、国際社会が保護したはずの住民のほうが、閉鎖的な環境に置かれたことで幸福度が低いという事実が明確に見えたのです」
国際政治の現場に公衆衛生学・統計の知見を取り入れたことで判明したこのデータは、「経済支援だけでなく、外部との交流が必要だ」という政策転換のエビデンスとなり、課題の解決に大きく貢献した。
センターで身に付ける「実践力」の全容
この高度な調整機能を担うために、国際機関の現場で求められているのが「複合的な視点」を持った人材だと近藤氏は話す。
「テクノロジーの急速な進展に伴うデジタル格差をはじめ、国家の枠組みだけでは対応しきれない課題は、複雑性を帯びながら急速に拡大しています。これを解決するには、1つの専門性だけでは足りません。自分の専門分野を深めつつ、異なる分野の専門家と協働できる幅広い知識を持つこと、そして複数の専門性を持つことが大切です」
こうした新しい要請に応えるべく、上智大学が2015年に設立したのが「国際協力人材育成センター」だ。国連をはじめ国際機関で実務経験を積んだ教員や、理念に賛同する各界の専門家で構成された「アドバイザリー・ネットワーク」が、国際協力における豊富な実務経験を教育の場へ還元しながら「国際機関で働くための実践知」を学生・社会人に提供している。
「センターが掲げる目標は明快で、机上の知識ではなく『実務で通用する力』を備えた人材を育てること。これこそが日本の国際協力分野における人材育成に足りていなかった部分だと思います。
私はUNDP出身ですが、センター所属教員も国際機関や政府機関で経験を積んだ方ばかりです。加えて、アドバイザリー・ネットワークの方々をはじめ、現場の第一線で活躍するプロフェッショナルからも運営への助言やイベントへの協力を得ており、現場で求められる感覚や判断軸を伝えられる点が、何よりの強みです」
協力体制には国連全体の運営を担う国連事務局をはじめ、開発支援分野で最大規模のUNDP、難民支援を担う国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、二国間援助を行う国際協力機構(JICA)など、幅広い分野の第一線で活躍する実務家が名を連ねる。センターが主催する「上智大学国連Weeks」や公開講座、交流会といった各種イベントにも登壇することで、学生はもちろん、高校生や社会人が「働く現場のリアル」に直接触れ、実践的な視座を養える環境が整っている。
上智の強みと現場の知見が融合したプログラム
センターのプログラムは4つの柱で構成されており、受講者の目的別にラインナップされている
そのほかにも、センターでは国際機関でのキャリアを志す学生・社会人に向けて多様なプログラムを提供している。その1つが「国際公務員養成コース」だ。国際公務員として働くうえで必要となる国連・国際機関の基礎知識や人事制度について学ぶことができる。
履歴書の作成方法、コンピテンシー面接の対策、国連事務局などが実施する若手職員採用制度「ヤング・プロフェッショナル・プログラム(YPP)」、外務省が実施する「ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)派遣制度」といった主要試験への準備も網羅。春期と秋期にそれぞれ週2回、6週間の計12セッションをオンラインで集中的に開講し、まさに特訓ゼミといえる実践的な内容となっている。
講義には元国連広報官の植木安弘教授も参加し、スピーチライティング、国連文書特有のロジック、文章の階層構造など、現場を知る人でなければ指導できない内容を惜しみなく共有している。実際に選考を突破する受講者は年々増えており、センターは「国際機関で働く人材の登竜門」として着実に存在感を高めている。
「講座で身に付けるのは、書類の書き方や面接対策といった単なる試験対策ではありません。自分の経験・強み・価値観を丁寧に棚卸しし、自分は国際機関でどのように貢献できるのかを論理的に言語化するプロセスを徹底的に鍛える点に、最大の特徴があります」
ほかにも、語学力を磨くための「国際公務員養成英語コース」も春期と秋期に各週2回、6週間の計12セッションで実施しており、質の高い語学教育と国連実務の知見が融合したプログラムとして高い評価を得ていると、近藤氏は話す。
「受講者のバックグラウンドは多様です。海外で働くコンサルタント、NGO職員、人道支援機関でインターンを行う若手、紛争地の大使館に派遣されている在外公館警備対策官など、立場も経験も目的もさまざまです。熱量の高い受講生と学び合える場としても、大きな価値があります」
センターが目指す「国際人材の循環」
さらに、センターが開催する国連Weeksも大きな柱だ。国際情勢の最前線のテーマを扱う講演を常時実施するほか、キャリア相談や質疑応答の時間も設けられ、高校生から社会人まで幅広い層の参加者が、登壇者と直接対話しながら理解を深めていく。
今年10月の国連Weeksでは、大阪・関西万博で国連パビリオン陳列区域代表を務めたマーへル・ナセル氏が講演会を開催するなど、国際的な著名人や各国際機関の駐日事務所の所長級が登壇することも珍しくない。また、ガザ情勢やスーダンの人道危機に対応する国連幹部がオンライン登壇し、300人規模の参加者を集めた例もある。
センターを「国際機関の実務と教育が結び付く貴重な場」へと押し上げているのは、こうした取り組みの積み重ねの成果といえるだろう。目指すのは、激動の世界で未来を予測し、次の世代を導くことができる人材の育成だ。
「センターは国際機関の実務を知る人材と、現場につながるネットワークが結集した拠点です。ここでの学びや出会いを通じて世界へ羽ばたき、将来さらに次の世代の手を引き上げていく。そんな循環が生まれる場所でありたいと願っています」
知識を得るだけでなく、未来のリーダーとしての視座を高める。国際協力人材育成センターでの学びは国際機関への道だけでなく、その先にある「より良い世界の実現」へとつながっている。確かなビジョンと実践力を武器に世界の課題に立ち向かう準備を、ここから始めてみてはいかがだろうか。



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