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「ちっぽけな信用組合」が発端で誕生した世界に類を見ない「銀行不倒神話」、その源流は1950年3月、東京の本郷信用組合にあった

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舟山正吉氏
不倒神話を作った舟山正吉氏(写真:共同)

日本にはかつて「銀行不倒神話」があった。明文化されず、当局も公式に認めたことはないが、戦後長らく「金融機関は潰れない」と信じられていた。

それが崩れたのが、1994年末の東京の2つの信用組合と翌年の兵庫銀行の経営破綻である。このあと阪和銀行や北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行までが次々と倒れ、平成の破綻総数は182に上った。これから6回にわたり、不倒神話がいつ生まれ、どのように墨守されてきたかを検証する。

大蔵省銀行局は、昭和金融恐慌の反省を踏まえ、二度と金融不安を起こさないという行政方針を戦後ずっと貫いてきた。

まだ混乱が続いていた50年に銀行局長を務めた舟山正吉(のち事務次官)は、退官後、次のように語っている。

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