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経営破綻した信組の預金を、東京への出店を条件に東海銀行が肩代わり?銀行不倒神話を生んだ“弥縫策”の真相

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大蔵省
多くの預金者が大蔵省へ抗議に押しかけた(撮影:梅谷秀司)

信用不安を防ぐため金融機関は潰さない、という「銀行不倒神話」の源流が見つかった。

大蔵事務次官や日銀総裁を務めた澄田智のオーラルヒストリーで聞き手となった高橋英明(元銀行局長)が、神話の始まりは1950年(昭和25年)に東京で起きた信用組合の経営破綻だったと明らかにしたのだ。

高橋の証言や当時の新聞によると、文京区を拠点とする本郷信用組合が50年3月、不良債権を抱えて大蔵省から一部業務停止命令の行政処分を受けた。これにより預金を引き出せなくなった中小零細事業者が抗議の声を上げ、国会でも取り上げられる騒ぎとなった。

オーラルヒストリーで高橋はこう語っている。

連日おかみさんが次官室へやってきて座り込みをやる、それが新聞の社会面に載ってしまって、そのためその組合をつぶせないような社会的雰囲気になってしまった。そこで当時の大蔵省の行政当局がこれをつぶさないで何とかできないかということに苦慮した(「昭和41〜44年の銀行局行政」より)

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