「自分で考える子ども」育てるフリースクール、創立者が無報酬で続ける原動力 東京コミュニティスクール・久保一之氏に聞く
中教審も文科省も「自分で考えられない子どもたち」ではなく「自分で考える子どもたち」の成長を支援しようとしている。それは、久保氏の考えに通じるものがある。
こうした方針が、現行の学習指導要領で初めて打ち出されたわけではない。文科省のホームページは、1996年の中央教育審議会(中教審)答申(21世紀を展望したわが国と教育の在り方について〈第一次答申〉)において提唱され、この考え方に立って2002年4月から順次実施されている学習指導要領から「知識や技能を単に教え込むことに偏りがちな教育から[生きる力]を育成する教育へとその基調転換」してきたと説明している。
2002年度から実施された学習指導要領は、いわゆる「ゆとり教育」の学習指導要領として知られている。しかし学力低下につながるとの大攻撃を受けることになり、あえなく実施前から「教え込む教育」に方向転換させられた。そして、「教え込む」教育が学校現場では強まっていく。「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し」とうたっている現行の学習指導要領での学校教育も、掲げた「理想」の達成は難しく、ますます「自由な思考ができない若者」を増やしている。
久保氏と文科省は同じような問題認識に立っていた。違ったのは、文科省はつまずいてしまっているが、久保氏はTCSを創立して、「理想」を実践しているところだろうか。
開校から20年のあいだ、ずっと無報酬
といっても、学校経営は簡単ではない。まずは経済的負担が大きい。校舎となる建物を借りるにも、もちろん賃貸料を払わなければならない。学校教育法で認められた学校であれば国や自治体からの補助が出るが、そうでなければ「自前」でやるしかない。
「学校を始めるにあたって運営費を計算すると、どうしても毎年200万円くらいの赤字になる計算でした。その分は、私が負担することにしました。3年で経営を軌道に乗せ、それまでの600万は負担しようと決めました。実際には年間180万円くらいの持ち出しでした」

ただし実際は、4年目でも黒字というわけにはいかなかった。TCSはNPOなので、会社でいえば株主にあたる会員を集めての総会、いわば株主総会を開かなければならない。そこで4年目の経営計画を示したのだが、やはり年間100万円の赤字になるというものだった。
それに対して、会員である保護者から声が上がった。「ちゃんとした教育を実施していて、お金の使い方も健全にもかかわらず、赤字というのはおかしい」というのだ。それで経営責任が追及されたのかといえば、そうではない。
保護者からは、「赤字なのは単純に運営にかかる費用と学費が合っていないからで、学費を値上げすべきだ」という声が上がったのだ。それまで年間72万円だった学費を約100万円にすることが決まり、それで赤字にならない経営計画になった。値上げを保護者から要求するのも珍しい話だが、それだけTCSでの学びが評価されているということでもある。
ちなみに、久保氏は開校から20年のあいだ、ずっと無報酬でやってきている。別の会社も経営しており、自分の生活はそちらで賄っているからだという。「利益は学校改善やスタッフの賃金に使いたい」というのが久保氏の考えだ。
TCSを開校するとき、生徒数が18人になれば経営はトントンになるというのが久保氏の計算だった。その生徒数も、現在は50人に増えている。それなら久保氏が報酬をもらえるほどの収支になっているのではないだろうか。それを訊ねると、彼は笑いながら答えた。
「開校から10年目で生徒数も増えて手狭になったので、現在の中野区に引っ越しました。家賃もドーンと高くなりましたし、スタッフの数も増えました。それで収支は、ほぼトントンのままです」
TCSの教育は、久保氏だけが引っ張っているわけではない。久保氏の現在の名刺には、肩書として「創立者」とだけ記されている。理事でも理事長でも、そして校長でも同校では「教員スタッフ」と呼んでいる「教員」でもない。
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