新型やくも、JR西が仕掛けたもう1つのサプライズ 沿線の駅に新たなラウンジ、デザインの秘密

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新型やくもの沿線は日本でもトップクラスに少子高齢化と人口減少が進む地域である。川西氏が新型やくものデザインに着手したとき、JR西日本の社員らと地域共生について対話を重ねた。

川西康之氏
新型「やくも」273系と「やくもラウンジ」のデザインを手がけた川西康之氏=2023年10月の車両報道公開時(撮影:ヒラオカスタジオ)

社員らから「地域自治体や住民らとどうやって付き合っていいかわからない」という声が多く出たことが川西氏の心に残った。「ローカル線存続の話もそうですが、自治体の想いと鉄道会社の振る舞い方にはいろいろと距離があるように感じます」(川西氏)。

やくも停車駅の多くの駅前は、シャッター商店街であり、コンビニまで2km以上ある駅前もある。「これではやくもがいくら新車になっても快適とはいえない」と川西氏は考えた。「やくもの停車駅では出雲縁結び空港や米子鬼太郎空港に負けない快適性と信頼性を創出したい」。

米子駅では駅舎のリニューアル工事がすでに始まっていたが、川西氏が建設中の図面に赤ペンを入れて、待合室をリデザインした。「かなり無理な工程と予算で、やくもラウンジを追加していただきました」。

やくもラウンジ 夜
夜の出雲市駅「やくもラウンジ」(記者撮影)
273系 セミコンパート席
新型「やくも」273系のセミコンパート席。木材を使った丸みのあるデザインは「やくもラウンジ」と共通感がある(記者撮影)

鉄道と地域の関係「再構築」の場に

時間的な制約があった米子駅に対し、出雲市駅のやくもラウンジは本格的に取り組むことができた。入室した瞬間に飛び込んでくるのは木製の巨大なベンチ。川西氏の代表作の1つであり、国内外で評価が高い土佐くろしお鉄道中村駅の待合室を想起させる。「やくも号の待ち時間をデザインしなければならないという点では中村駅と共通です」。

出雲市駅 やくもラウンジ 山陰支社長
出雲市の「やくもラウンジ」とJR西日本の佐伯祥一山陰支社長(記者撮影)

出雲市駅のやくもラウンジの開業直前、JR西日本は駅近くにある高校の生徒らを招待し、川西氏がデザインの意図を説明した。電車の待ち時間にはこの場所を自習室として活用してほしい。学生たちが公共空間を行儀よく使っていれば、大人たちもラウンジにふさわしい立ち振る舞いをするようになる。誰もが行儀よく使うことで、公共空間は心地よいものになる。

そして、川西氏は高校生たちに「都会に出たら、出雲の豊かさを思い出してほしい」と伝えた。願わくば、高校時代にやくもラウンジという豊かな空間で自習した経験を誇りに思ってほしいと。つまり、やくもラウンジとは新型やくもの乗客のためだけではなく、地元の人たちのためのスペースでもあったのだ。

木材家具を制作した多林氏は「公共空間で使われる木材家具は維持が大変」と話していた。それは川西氏も織り込み済み。手入れが大変だからこそより大事に扱ってほしいと考えている。それが、地元を走る鉄道は自分たちの鉄道であるという「マイレール意識」の醸成につながる。これからは鉄道会社だけでインフラのすべてを維持管理するのではなく、地域の人々も主体的に鉄道にかかわるべきなのだ。

松江などほかの停車駅にもこのようなラウンジを設置することを川西氏は望んでいる。中国地方のほかのエリアではJR西日本と地元の関係がぎくしゃくしている沿線もあるだけに、もしこのようなラウンジの設置が増えれば、鉄道と地域との新しい関係を再構築するきっかけになるかもしれない。

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大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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