目立つ学力上位層の「間接型ネットいじめ」
文科省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によれば、いじめの態様別状況においてパソコンや携帯電話等を使ったいじめの認知件数は全体で2万3920件と、増加傾向にある。
こうした中、佛教大学の原清治氏を中心とした研究グループは、2015年と2020年に、京都府と滋賀県の公立・私立の高校生6万人超を対象に「ネットいじめ」に関する大規模調査を行った。同調査から明らかになったネットいじめの傾向について、原氏はこう解説する。
「2015年の調査では、学力下位層にネットいじめが多いことがわかりました。このときは勉強や学校に親和性が低い子ほどネットの使い方があまり上手ではないと解釈できたわけですが、コロナ禍の2020年調査では、学力下位層における発生件数と遜色がないくらい、学力上位層のネットいじめの発生件数が顕著に増えました。学力中間層でも増えましたが、増加率は学力上位層が最も大きかったのです。また、同質性の高い集団ほどネットいじめが多いです。同質性が高いからこそ少しの差異も許容されず、いじめが起こりやすくなるのでしょう」
ただし、学力下位層と上位層では、ネットいじめのタイプが異なるという。
「学力下位層で多いのが『ウザい』『キモい』などと相手を直接攻撃するもの。一方、上位層はネットリテラシーが高いこともあり、もっと狡猾です。例えば、みんながアクセスできるサイトや掲示板に、本人が気づくように悪口を匿名で書くといったもの。私はこれを、攻撃主体をうまく隠蔽して行う『間接型ネットいじめ』と呼んでいます」
コロナ禍や観点別評価、入試改革でストレスが増加
なぜ学力上位層でネットいじめが急増したのか。原氏は、その理由は「ストレスにある」と分析する。
「学力上位層の子は、学校で認めてもらえる機会が多く、自尊感情が高い傾向にあります。しかし、コロナ禍ではマスク着用となったうえ、発言できる機会が減りました。他者に自分の存在価値を認識される時間や空間が減ったことでストレスがたまり、ネットいじめが顕在化したと考えられます。学力下位層のネットいじめの背景にもストレスがありますが、学力上位層は誰かを直接攻撃したら内申点や学校生活で自分が損をするとわかっているので、発散の仕方が間接型のネットいじめになるのでしょう」
ストレスの原因は、コロナ禍による環境変化だけではないようだ。原氏はもう1つ、「評価方法の変化」を挙げる。これまでのような学力一本の評価ではなく、主体的に取り組む態度などを含めた観点別評価が導入された。「多面的な評価自体は悪いものではありませんが、生徒からすればあれもこれも求められているように感じるのでしょう」と原氏は言い、こう続ける。
「さらに近年の大学は推薦入試が増えたこともあり、学力上位層の子は内申点を上げるためのネタを求めています。この層は期待に応えられるポテンシャルが高いこともあり、小さい頃からさまざまな習い事をこなしてきた子が多い。こういう子は、大学入試のためには勉強だけでなく、生徒会や部活の役職に立候補する、短期留学やボランティアに挑戦するなど、あれもこれもやらなければという意識になりがち。でも、しんどいと言えない。その苦しさがストレスとなり、ネットいじめにつながっているといえます」
2020年の大規模調査から3年経ったが、ネットいじめの増加傾向は今も続いているのだろうか。
「阪神・淡路大震災や東日本大震災のときも、学校が荒れたのは震災直後ではなく、3〜4年後という指摘もあります。その理由は諸説ありますが、日常が戻ってきた頃にストレスが顕在化しやすいと考えられています。コロナ禍で子どもたちは相当な我慢を強いられましたから、今まさにそのストレスが顕在化していると思います。文科省の調査でも不登校といじめが増え続けていますが、ネットいじめは今後も増えるのではないかと思います」
「いじり」の固定化がいじめにつながる
原氏らの大規模調査では、ネットいじめはリアルないじめと地続きであることが明らかになっているという。
「調査前は、われわれもネットいじめとリアルないじめは内容も対象も別物だと思っていました。しかし、調査によって両者は相関関係が強く、リアルでしんどい子はネットでもしんどい状態で、逆も然りだということがわかりました。その背景にあるのが『いじり』です」
2013年のいじめ防止対策推進法により、近年、学校現場では「いじめはダメ」「被害者がしんどいと感じたらいじめ」という考え方が浸透した。しかしその成果の一方で、「『いじめはだめだけど、いじりはOK』と考えている子どもも少なくない」と原氏は指摘する。
「いじられる側は10回に1回はしんどいと感じていても、自分のプライドを守るため『これはいじりなんだ、目くじらを立てる必要はない』と自分を納得させ、一緒に笑い飛ばしてしまいます。これは心理学における自己合理化と言えるでしょう」
「ウザイ」と言われ、いじられた側が自尊心を守るために必死に笑っていると、何が起こるのか。
「いじる側は『いじってもいいんだ』と受け取ってしまい、今度は『キモい』と言う。それでも相手が笑っていると、さらに悪意がある言葉へとエスカレートしていきます。いじる側といじられる側が交互に変わる『回しの関係』が保たれている間はまだいいのですが、いじられる側が固定化され、みんなでよってたかっていじるようになるといじめになります。実はこれがネットでも起こるのです」
ネットで強まる「同調圧力のブースター」
いじりから発展する今のいじめは、リアルとネットを行き来するようだ。ただし、ネットいじめにはリアルいじめとは異なる特性があるという。
「ネットではリアル以上に同調圧力が生じます。例えば、遊びに誘われたときに対面なら『都合が悪い』と言えても、LINEグループで同じように断れる子は少ないもの。明治大学 の内藤朝雄さんも指摘しているように、サイバー空間では『同調圧力のブースター』が働くためです。例えば、SNSで誹謗中傷を受けた若い女性が亡くなった事件がありましたが、ネットでは『みんながやってるから』と集中的に攻撃してしまう。一度ターゲットになったら誰も助けてはくれず、その人が自暴自棄になるまで誹謗中傷が続きます。それがネットの危ないところであり、ネットいじめの残酷な構図なのです」
原氏らが行った大規模調査の対象は高校生だが、こうしたネットの文化は伝播しやすく、下の世代の中学校や小学校でも同じ傾向が見られるのではないかと原氏は危惧する。では、こうしたネットいじめを防ぐために学校や教員ができることはあるのだろうか。
「ネットリテラシー教育を行う学校は多いですが、その内容はほぼ『個人情報を書いてはダメ』『画像の情報に注意しよう』というもの。しかし、エビデンスを見ていくと、子どもたちの間で起こっているネットいじめの問題はそこだけではありません。例えばSNSに『あの高校に合格した』『テーマパークに来た』と投稿したとしましょう。以前なら『おめでとう』や『いいね』という反応が返ってきたものですが、今は『自分だけ受かればいいのか』『行けない人のことを考えろ』と言われ、炎上してしまうのです。こうした実情を踏まえ、『ネットいじめは人を殺すこともある』という啓発を行う必要があります」
大切なのは「カースト」をつくらせないこと
ただし、ネットいじめが起こりにくい学校もあると原氏は言う。また、同じ学年でもネットいじめが起こりやすいクラスと起こりにくいクラスもあるという。その違いは何なのか。
「私たちの調査では、スクールカーストが形成されているクラスや序列がはっきりしている部活において、リアルでもネットでもいじめが頻繁に起こりやすく、フランクな人間関係のクラスや部活ではネットいじめが起こりにくいことがわかっています。カーストが低い子がいじりの対象になるため、まずはカーストを構成させないことが大切です」
さらに原氏は、それぞれの学校で起こっているネットいじめの実態に合わせた対策が必要だと語る。
「学力下位層で多いのがオンラインゲームのボイスチャットで直接『バカ!』などと言ういじめ。こうした直接型ネットいじめには、『他者への攻撃はダメ』といった基本的なリテラシー教育が必要です。一方、学力上位層の間接型ネットいじめに対しては、そうした指導はあまり意味がなく、『誰が書いたかわかるぞ』と伝えることが有効。ネット上の誹謗中傷対策として2022年に侮辱罪が厳罰化されたことや、書き込みはログが残ることなどを丁寧に話すと響きやすいです。いずれも、『ネット=悪』という単純な言い方ではなく、何がダメなのかをイメージできるように伝えることが重要です」
デジタルネイティブの子どもにとって、ネットは身近なもの。そのため、ゲームやSNSをなどネットの使い方については、どうしても大人が後追いをする形になり、実態がつかみにくい。だからこそ、教員や保護者は、情報をアップデートし、エビデンスに基づきネットいじめに対処していくことが求められている。
(文:吉田渓、注記のない写真:Graphs/PIXTA)