給食がなくなる夏休みが苦しい、児童文学が描く「子どもの貧困」のリアル 作家・中島信子『八月のひかり』に込めた思い
フードバンク狛江では、給食のない休み期間中に、希望する子育て世帯に無償で食品をお届けしています。今年の春休み期間には151世帯に提供しました。提供する食品は、個人、企業、生協などから提供していただいたおコメやレトルト食品など、長期保存が利くものが中心です。生鮮食品の提供は難しいのですが、今後は野菜の提供もできたらと話し合っています。

(撮影:ヒダキトモコ)
本当に大変なのは「物語のその後」
──物語の最後に、美貴と勇希に小さな幸運が舞い込みます。それがタイトルにある「ひかり」なのでしょうか。
そうでもあります。でも、書いていて思ったのは、「この家庭にとって本当の戦いはこれからだ」ということです。『八月のひかり』では2人とも小学生ですが、中学生になれば制服も必要ですし、食べる量も増えます。中学生までは児童手当がありますが、その後はありません。足が悪い中、スーパーでパートをしているお母さんは、だんだん体の無理が利かなくなるかもしれません。
「生活保護を受ければいいのに」という声もありますが、なかなか受けられない現実があります。中には、役所とのやり取りで心が折れてしまう人もいるようです。私の中では、「このお母さんも一度は生活保護を受けようと思ったけどやめた」という設定にしています。お母さんは必死に踏ん張っているからこそ、これ以上つらい思いはしたくないと考えたのです。
フードバンク狛江の食品お渡し会でも、素敵な服装でいらっしゃる方もいます。それはせめて心は普通でありたいという思いでは、と胸がいっぱいになります。これもまた、「見せない貧困」なのではないでしょうか。
──あの子たちの今後が気になります。
『八月のひかり』の続編が読みたい、という声もいただくのですが、簡単には書けないです。この家庭にとっての解決法がまだ見つからないんです。物語に出てくるシングルファザーと結婚させるというのも、男の人次第になってしまい、根本的な解決にはなりません。
今はお金がある人はより蓄積され、ない人はより減らされていき、政治はそれを平気で見ています。悲しいくらい、救えないなあと思います。現実でも簡単に貧困は解決しません。私は子どもの作品を描くときは真摯であろうと思ってきました。子どもは、大人より考えています。目線の高ささえ違いますし、大人のように体力も知恵もない。そうした中で必死に生きようとしているんですよね。
──その悲しいほどの現実を児童文学で描く意義とはなんでしょうか?
「こういう子もいるんだよ」という子どもの代弁者であると同時に、「頑張れ」「死なないで」という私からの応援歌なんです。昔は本に作者の住所が載っていたので、本を読んだ子どもたちからの手紙が段ボールいっぱいに届きました。その中には「私も同じです」という手紙もありました。
『八月のひかり』の後に出した『太郎の窓』は、女の子の心を持った男の子が主人公なのですが、それを読んだ男の子のお母さんが「私の子が書かれている」と言ったそうです。その話を知人から聞いて、いつかその子が「僕だけじゃない」と思ってくれるのではないかと思いました。
『八月のひかり』も代弁者の気持ちで書いたのですが、本は高いので、その子たちに届くかなあという思いもあります。大人でも心にゆとりがないと本は読めないですよね。図書館で手に取ってくれたらうれしいのですが、図書館に行くエネルギーがあるだろうか、と。