「吹奏楽文化」があと20年で消える?学校から「部活」切り離す前に考えたいこと 経済格差や地域格差を踏まえた総合的な判断を

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

石津谷 かく言う僕も、下手な演奏をしても金賞を取った時はばか騒ぎして喜んで、よい演奏をしても銀賞の時は悔しくて泣いている生徒たちを見て、これではいけないと思ったことがあります。長年にわたってコンクールに向けた指導をしてきましたが、それが活動の中心にならないようにしてきました。コンクールの結果を最優先にしてしまうと、外部評価がすべてになってしまう。「自分たちなりによい音楽とは何か」を考え、追求することが、子どもたちの感性を育むと思っています。

新山王 私は大学で吹奏楽団・管弦楽団・ミュージカルの3つの顧問をしていますが、確かに吹奏楽団の学生はコンクールの結果にこだわる傾向がありますね。管弦楽団の学生はお客さんに喜んでいただこうと演奏会にこだわり、ミュージカルの学生はそれまでに経験したことのないことを体験できることに喜びを感じるようです。

石津谷 吹奏楽の指導というのは、人間を育てることです。楽器を使って人を人として立派に成長させることが部活動の本来の目的であり、コンクールで勝つというのは副次的なもの。勝ち負けだけにこだわる先生に育てられると、子どもたちも音楽を楽しむよりも勝ち負けだけが目的になってしまいます。

そもそも、文化部活動の意義はどこにある?

───人を人として立派に成長させることが部活動の目的ということですが、改めて部活動の役割やよいところについてお聞かせください。

石津谷 部活動のよいところは、学校に通う子どもに平等にスポーツや文化活動に触れる機会が与えられる点です。日本の教育は、教科だけでなく、部活動などを含めて、生徒のいろいろな面を認め、可能性を引き上げようとしてきたといえます。文化芸術立国として、世界に誇れる制度だと思います。

新山王 学校の部活動は、地域格差や、保護者の経済状況に関係なく、スポーツや文化、芸術など多様な経験を生徒に提供することを目的に始まったものです。1980年代には、非行防止としての役割、その後は「人間性の陶冶」という役割も期待されるようになっています。テストでは測れないコミュニケーション能力などの非認知能力を育てる役割を、部活動が担ってきたんですね。

石津谷 僕が教えている習志野高等学校(吹奏楽部)も、生徒同士で主体的にコミュニケーションを取って、楽しそうに練習しています。野球応援なんかは、日頃の学校生活ではなかなか見ることができない、いい表情が見える。中には「音楽で食べていく」と部活動を頑張って、プロになるような生徒もいます。

新山王 音楽教育に関していえば、一昔前は「(体験なども含め)1回はピアノ教室に行ったことがある」という人が多かったのですが、今はそうでもなくなっているように思います。習い事もお月謝がありますから、比較的身近に学ぶことのできる学校の部活動を通して、楽譜が読めるようになった、楽器が吹けるようになったなど、音楽経験を深めることができた子どもは多いですよね。

(写真:今井康一)

文化部活動をサステイナブルにするには?地域移行をどう考える

───文化庁では2022年度に「地域部活動推進事業及び地域文化倶楽部(仮称)創設支援事業」の募集がスタートし、文化部活動の地域移行などが検討され、実施に移ってきています。

石津谷 地域移行するとしても、問題となるのは「人・場所・予算」です。自治体の方からは、財政的に、地域で部活動に代わる団体を急につくるのは難しいという話を耳にします。まず指導者が必要になりますが、これまで公立の学校教員がボランタリーでやってきたことを誰かに任せれば、新たなお金の出どころが必要になる。

地域によっては公民館などが少なく、場所の確保が難しいケースもあるでしょう。吹奏楽の場合は楽器の管理などを考えると、なおさら学校を使わざるをえません。僕は、学校から部活動が切り離されてしまえば、子どもたちに平等に機会を与えてきた今の吹奏楽文化が、あと20年ほどで消えてしまうのではないかと本気で危惧しています。

新山王 野球やサッカーなどのスポーツは地域クラブの活動が活発ですが、文化活動で地域格差なく整っているものはピアノ教室くらいしかありません。また以前から指導員の養成や資格制度が準備されてきた運動部とは状況が異なるため、同じ土俵で議論するのは難しいと思います。現状のまま学校外へ放り出すと、家庭の経済状況や地域格差によっては、文化芸術に触れることができない子どもも出てくるのではないでしょうか。

次ページはこちら
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事