ミクシィのエンジニアからゲーム作りの定番「Unity」を学ぶ
渋谷駅から再整備された宮下公園の脇を抜け、キャットストリートに入ってすぐのところにある渋谷教育学園渋谷中学高等学校。通称、渋渋(しぶしぶ)は東京大学や京都大学、早慶上理などの国内有力大学のほか、海外有名大学に進む生徒も多い都内有数の超進学校だ。
6月1日の放課後、その渋渋のコンピューター室を訪れると、16人ほどの生徒が集まって熱心に何かを学んでいた。教室前方のスクリーンに映し出されているのは「ゲーム開発プログラミングで扱われる領域」について。
「では、まずUnityを立ち上げて、ファイルからプロジェクトを開いてください……」と説明を始めたのはIT関連企業、ミクシィの現役エンジニア。スクリーンの操作画面を見ながら、サクサクと設定を進めるのはコンピューター部の生徒だ。
「Unity」とは、ゲームを作るための技術や機能がまとまった、ゲーム作りの定番ともいえるゲームエンジンである。有名なところでは『ポケモンGO』や『スーパーマリオラン』など、モバイルを中心にUnityを使用して作られたゲームは多いという。
そのUnityとUnityで使われているプログラミング言語C#について、今日を含めて4回(1回2時間)にわたり、中学1年生〜高校2年生までのコンピューター部の生徒たちがミクシィの現役エンジニアに学ぶという。最終的には、コンピューター部の部員1人につき1つのゲームを作って、9月に開催される文化祭「飛龍(ひりゅう)祭」で披露しようというのが目標のようだ。
渋渋では10年以上前から、外部指導者が部活動で技術指導
もともと渋渋には、日本情報オリンピックやパソコン甲子園(会津大学・福島県主催)で優勝するなど、アプリ開発を得意とする生徒が多くいるという。その中には、もちろんコンピューター部の部員もいて、現在もアプリ甲子園で優勝したチームのメンバーが在籍している。コンピューター部では、そんな優秀な先輩たちがUnityで作ったゲームで遊んだり、自らゲームを作るなどして活動している。
こうした中、コンピューター部の顧問を5年務める野口浩一氏は、かねて外部指導者に「ゲーム作りの基本を教えてもらうことはできないか」と考えていたと話す。
「コンピューターが本当に好きな子は、自分でどんどん勉強してゲームを作ります。質問をされれば後輩に教えたり、大会に出て活躍もしている。でも、自分だけではわからないという子は、“できる子”が部活に来ていれば質問ができるものの、部活は自由参加のため“できる子”が来ていなければ聞くこともできない。壁にぶつかって解決できないと、ゲーム作りがストップしてしまい部活に足が向かなくなってしまう」という課題を感じていたからだ。
部活動に来て、それぞれが好きなゲームを作るのではなく、部活動の中で知識や技術を身に付けることができて、またそれをしっかりと後輩に引き継ぐことのできる部活動にするにはどうすればいいか。そこで考えたのが、全員が入部後に土台づくりとしてゲーム作りの基本を学ぶということだった。
「共通の土台があれば、部員同士の交流も生まれます。基本がわかれば、あとは子どもたちなりに調べてやっていけてしまう生徒たちです。かといって、私自身が教えることはとてもできない。専門的に教えることのできる外部指導者はいないか、そうしたプロから教わることができれば生徒の意識も変わると考えました」
部活動における外部指導者の活用は、公立中学校の部活動改革でも大きな期待が寄せられている。ただでさえ忙しい教員の負担軽減はもちろん、教員自身が経験のない部活動の指導を行うのは難しいからである。実際、渋渋では10年以上前から、部活動で外部指導者を活用しているという。
「教職員が、教育的な効果や人間関係の構築という点で部活に関わるのは大切だと考える一方、技術指導という点では必ずしも先生が得意とは限りません。外部コーチや卒業生に支援してもらうなど、今では約半分の部活で外部人材に協力いただいています」
こう話すのは、校長の高際伊都子氏だ。高際氏は、野口氏からコンピューター部の相談を受けて、すぐに渋谷区と連絡を取ったという。渋谷区は企業と連携して、区立中学校の部活動改革を進めていたからだ。そこで区内の公立中学校のプログラミング授業に加えて、区立中学校の合同部活動「デジタルクリエイティブ&eスポーツ部」に協力していたミクシィに声がかかったというわけである。
新卒社員向け技術研修のカリキュラムを応用
ミクシィは2019年から、将来のIT人材を創出することを目的に、渋谷区立中学校に対してプログラミングの学習支援を行っている。私立向けでは、同じく渋谷区にある実践女子学園中学校高等学校で、教員向けにプログラミング研修を実施した実績もあるという。
一連の取り組みで教材の開発や講師を担当するミクシィ 開発本部 CTO室の田那辺輝氏は、「プログラミングを教えることを通して、コンピューターを抵抗なく使えるよう、基本的な知識を育んでもらうとともにIT業界に対する理解を深めてもらいたい」と話す。
渋渋では事前に顧問である野口氏と生徒たちの要望を聞き、Unityを使う体験を中心に、Unityができるようになったら、プログラミングに入っていくという内容にした。
「Unityを使ったことはあるけれど、ちゃんと教わったことはないという生徒がほとんどでした。でも、こちらの生徒さんは基礎力があり、新しい学習を論理的に考えて吸収していく力があって理解が早い。中学生向けコンテンツにしてはレベルが高いですが、できると思って厚めのテキストを用意しました」(田那辺氏)
実際、ミクシィでもゲーム開発にUnityを使うことがあるというが、今回は同社で新卒社員向けに使っている技術研修のカリキュラムを応用している。ミクシィではゲーム開発だけではなくネットワークやセキュリティー担当のエンジニアが1日7時間で学ぶ内容のため、むしろ生徒には「より深く学習できるように、少し難しくした」(田那辺氏)という。
教材として使用するのは、ミクシィが作成したアクションゲームのサンプルだ。ただ、ゲームをして遊ぶのではなく、そのゲームの生のファイルを開いて、どのようにゲームが作られているのかが分析できるようになっている。実際に生徒は、Unityに触りながら基本操作や仕組みを習得するとともに、ゲーム中の空間やオブジェクトを構築するなどの課題に取り組みながら実装方法を学んでいく。さらに、より自由にゲームが開発できるよう、Unityで使われているC#プログラミングの記述方法やソフトウェア開発設計の考え方についても学ぶ。
「興味が湧くように、ちゃんと動くゲームのサンプルを作りました。中・高生がわかるように教える技術も必要ですが、『面白そうじゃん』と感じてもらうことが何より大切です。エンジニアがゲーム開発の現場で考える最小限のことを伝えなくてはならないと思うと、時間が足らず教え切れない。でも、今日は『さすが!』という手応えを感じました。4回の講座終了後も引き続きサポートは行う予定のため、わからないところは質問してもらって最後までゲームを作り『飛龍祭』で楽しい作品を発表してほしいですね」
こうしたIT系の部活動は、企業やエンジニアがとくに支援に入りやすい部活動といえる。今回は、全4回の講座と期間限定ではあるものの、技術の進展が著しい分野ということもあり教員が指導するのはなかなか厳しい分野だ。
ミクシィは一連の活動について、講師派遣料以外のカリキュラムなどを無償で提供している。社会貢献の一環というわけだが、外部指導者を活用した柔軟な部活動の運営が、子どもたちの学校生活の充実、さらには可能性を伸ばすことにもつながる。現在、学校部活動のあり方が見直される中でも外部指導者の確保は課題の1つとなっているが、企業にできることは多そうだ。
(文:編集部 細川めぐみ、撮影:尾形文繁)