熊本市教育長・遠藤洋路、子どもの「将来のために」が引き起こす教育の盲点 今の幸せのため自ら考え行動する教育委員会へ

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まさに予測困難な時代の象徴ともいうべきコロナ禍に直面し、学校で身に付ける力が10年後、20年後の社会で役に立つ保証がないことを身をもって痛感したのだ。そして「今の日本の教育は、将来のことばかりを考えている」と違和感を覚えるようになった。

「これまで学校では、子どもに我慢や無理をさせることが多かった。『そんなんじゃ、将来苦労するよ』と言いますが、実際はわかりませんよね。もはや今日の延長が明日という社会ではありませんから。でも『今』だったらどうか。子どもの『今』だったら保証できます。子どもの『今』を幸せにする、そして将来幸せになる力を付けることに目を向ければ、学校のあり方が変わると考えています」

将来のための教育だと言えば、未来にならないと成果はわからないと言い訳がきく。だが、「今」に視点を移せば、結果は目の前に表れる。責任が問われるし、改善も必要になるから学校教育が目に見えて変わっていく。当然、現在の学校教育が変われば、子どもの将来の姿も変わるということだろう。

「ウェルビーイング」実現のため「エージェンシー」を育成する

そこで2020年7月、新しく熊本市が掲げた教育理念が「豊かな人生とよりよい社会を創造するために、自ら考え主体的に行動できる人を育む」だ。

この理念の基となっているのが、「ウェルビーイング」と「エージェンシー」という考え方である。現在の学習指導要領にある「予測困難な時代の教育のあり方」と、OECD(経済協力開発機構)のEducation2030をベースに、「ウェルビーイング」を豊かな人生とよりよい社会の創造、「エージェンシー」を自ら考え主体的に行動できる力としたわけだ。

新しい教育理念は、教育委員会はもちろん、学校の校長室にも貼ってあり、目標を意識して方向性を確認しながら進めるといった意思決定の指針になっているという。現場の教員からも好評で、学校や学年の目標も「これでいい!」と各所から声が上がるほどだ。

「いろいろ考えると、結局これになるんです。しかし、ウェルビーイングが、呪文のように唱えられているだけでは仕方がない。理念が、現実の活動に反映されていなければ意味がないのです。理念ができて、その方向性に基づいた学校改革が進められており、実際の活動になっていることをみんなが感じている。日々の学校生活にどう反映されているのかわからないような理念とは違って、生きた理念になっているんです」

では、「ウェルビーイング」を実現できるように、「エージェンシー」が身に付く教育を行っていくというのは、どういうことなのか。いちばんわかりやすいのは、小学校や中学校におけるルールや校則の見直しだろう。

今、全国で「ブラック校則」が話題となり、靴下や下着の色の指定、頭髪は黒髪でなければならない、ツーブロックの禁止など、根拠に乏しかったり、行き過ぎた校則を見直す学校が増えている。だが、熊本県では早くから見直しに着手してきた。

「校則のあり方の見直しは、20年から議論を始めました。エージェンシーを身に付ける教育として最適だからです。現在の国際情勢を見ても、民主主義を守っていくのは重要でしょう。中学校だけでなく、学校によっては小学校にも標準服があったり、持ち物の決まりや、水筒の中身は水かお茶でなければならないなど、さまざまなルールがあります。実践としてのルールメイキングに、子どもが自ら参画することで、自分たちが自分たちの社会をつくっていくという意識が身に付きます」

熊本市では小学校から中学校まで9年間を通して校則のあり方を見直すルールメイキングに取り組む
(写真:熊本市教育委員会提供)

しかもそれは、イベントとして開催するという生半可なものではない。小1から中3まで、小学1年生は1年生なりに、高学年は高学年なりにといったように9年間を通して高度化させていくという。「なぜ校則の見直しをする必要があるのか」から始まり、自分たちで考え、納得いかなかったら変えるという活動を「学校で学ぶ大事なこと」として行うのだ。

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