日米中を翻弄、怪人物「立石勲」の知られざる生涯 マグロ漁船乗りから成り上がった波瀾万丈の人生

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馬毛島の元オーナー・立石勲氏。遠洋マグロ漁船乗りから身を興し、政治家らの知己を得て経営する建設会社を徐々に大きくしていった。

立石勲氏の会社が作成した馬毛島空港の想像図

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馬毛島のオーナーだった立石勲氏が経営する立石建設の本社は東京・世田谷区にある。

6階の応接室には馬毛島の写真などと並んで、西武グループの創業者である堤康次郎からもらったという書が飾られていた。「感謝奉仕」。堤が経営理念とした言葉である。

「郷里の鹿児島から出てきたばかりの田舎者の私を面白がってくれましてね。何くれとなく世話を焼いてくれました。堤さんのような大事業家になるんだと心に誓いましたね」

立石氏は1933年、遠洋漁業の基地として知られる鹿児島県枕崎市に生まれた。父が終戦直後に亡くなり、家計が苦しかったため、鹿児島水産高校を卒業するとすぐに遠洋マグロ漁船に乗り込んだ。インド洋まで数カ月に及ぶ航海の中で、あり余る時間を勉強に充てて二等航海士の資格を取ると、20歳で船長となった。

東京都副知事と付き合う

その後、陸に上がり上京すると、一念発起して建築士の資格を取っている。堤の薫陶を得たのはこの頃のことである。風呂敷1つ提げて、事前の約束もなく堤の邸宅をいきなり訪ねたのが最初だったという。

1959年には自らの設計事務所を立ち上げ、東京五輪が開催された1964年には立石建設を設立した。旺盛な建設需要に後押しされて少しずつ事業規模を拡大していった。

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