2012年、日本人初の8000メートル峰14座登頂を達成。その道のりを、敗退を含む18のヒマラヤ登山の記録で克明につづる。著者にとって下山とは、あくまでも次の登山への準備であり、助走なのだという。
──頂上では達成感とともに思いっ切り深呼吸、かと思ってました。
喜びに沸く場面をひっくり返して、底が見えない深い沼を想像してみてください。息を止めて潜り、ようやく底に手が着いたとき、「やったー! ここで少しゆっくりしていこう」とは、たぶんならないですよね。息が続くうちに水面へ浮上しなきゃいけないと思うと、水底にとどまるなど、とんでもなく不安。それと同じことを私たちは頂上で感じます。ベースキャンプが安全地帯とすれば、そこからいちばん遠くていちばん空気がない所。1センチメートルでも2センチメートルでも早く標高を下げたい、早くその場から離れたい、そんな思いが圧倒的に強い。
──余韻に浸るどころではない。
360度、何の生命感もないデスゾーンです。酸素は薄く湿度ゼロ。生き物がとどまることを拒絶している。風の音、自分のゼエハアという呼吸音、心臓の音が、普段の生活では経験しえないけたたましさで鳴り響く。自分の体が限界を超えているのがわかります。
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