
はるな・みきお 1946年生まれ。大阪外国語大学(現・大阪大学)卒業。共同通信社入社。ワシントン支局長、特別編集委員などを歴任。在米報道12年。1994年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。専門は日米関係、インテリジェンス、核問題。『秘密のファイル』など著書多数。(撮影:大澤 誠)
金脈問題で1974年に首相を辞めた田中角栄。復権を狙った角栄を政治的に葬ったのが76年に発覚した民間航空機売り込みにまつわる贈収賄、ロッキード(現ロッキード・マーチン)事件だった。角栄狙い撃ちの陰謀といった説が流布し、これまでわからないことが多かった事件を、15年にわたり取材し、真相に迫った。角栄は真の巨悪だったのか。
──事件当時から関心を?
通信社にいたものの外信部だったので直接取材はしていません。ただ、インテリジェンスに興味があり陰謀論は気になっていた。取材のきっかけは、2005年に来日した米国民間調査機関「ナショナル・セキュリティー・アーカイブ」のアナリストの友人が「キッシンジャーが(田中政権に対し)烈火のごとく怒っている文書があった」と教えてくれたこと。
それ以後、田中政権と米国との関係を調査するため、米国立公文書館やフォード大統領図書館などを回りました。事件は、田中政権時の日米関係と事件発覚後の捜査の展開の2つから構成されていて、外交問題で相当な対立があったことは突き止めました。ただ、当時はなお未公開の文書も多く、例えば角栄逮捕後に米政権内で「本当に奇跡だった」という興味深い発言があったことはわかっても、事件との関連が確認できなかった。
15年かけて取材と情報公開請求で間を埋めた。請求しても日米関係を損なうなどの理由で非開示の文書はまだ多く、とくにCIAが絡む文書はほとんど未公開です。
この記事は会員限定です。登録すると続きをお読み頂けます。
登録は簡単3ステップ
東洋経済のオリジナル記事1,000本以上が読み放題
おすすめ情報をメルマガでお届け
トピックボードAD
有料会員限定記事
連載一覧
連載一覧はこちら