ウイルスの不確実性を前に、金融市場の混乱はとどまるところを知らない。金融危機はどのような経路で起こりうるのか。
昨年末に中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスは、わずか3カ月で金融危機という別次元の領域へ世界を連れていきつつある。今や最大の焦点は、リーマンショック級の危機の再来があるか否かだ。
歴史的な大暴落
3月9日、ロシアとの協調減産合意に失敗したサウジアラビアが増産に踏み切ると報道されると、原油価格は前日比30%超急落した。投資家心理は一気に冷え込み、同日の米ダウ工業株30種平均(NYダウ)は過去最大となる2013ドル(7.8%)の暴落となった。
同様に米S&P500種株価指数は寄り付き直後に7%下落し、自動的に取引を15分間停止するサーキットブレーカーが発動。米シェール関連など低格付け会社の社債が売られ、ドル円市場では安全資産とされる円に資金が向かって一時1ドル=101円台に突入した。
この日の暴落が想起させたのは、コロナ恐慌への足取りが着実に速まっているのではないかということだ。万一、グローバル金融危機になれば、ウイルスの感染拡大という問題を超えて、より深刻な状況に陥ることになる。はたして今後、どんな展開が考えられるのか。
足元の危機は、下図のように進行しているように見える。日本など中国以外のアジア諸国で緩やかな感染拡大と景気悪化が進んでいた2月中旬までを第1ステージとすると、世界の金融市場の動揺が本格化した2月24日以降が第2ステージとなる。
2月21日金曜日の株式市場の大引け後、米国とイタリアで経路不明の感染者の拡大が判明し、「対岸の火事」と見ていた米欧の金融関係者はパニックに陥った。
その直前まで投資家はアクセル全開だった。低金利下での高利回り追求、米中摩擦の緩和期待などから、株価はほぼ一本調子で上げ、NYダウのPER(株価収益率)は過去平均の15~17倍に対し、22倍まで膨張。そこへコロナショックが襲い、週明けからの1週間で3583ドル(約12%)というリーマンショック時以上の下落幅を記録した。
このときの主役はVIXの急騰(ジャンプ)だった。VIXは別名「恐怖指数」とも呼ばれ、S&P500の予想変動率を表すもの。株価急落時にはVIXの数値は跳ね上がる。
国際金融市場に詳しいSMBC日興証券の村木正雄ストラテジストは言う。「好調な相場の中で、ヘッジファンドなどがVIXの売りポジション(株価変動の安定で儲け、大きな変動で損失が出る)に偏りすぎていた。VIXのジャンプが起き、それらは大きな損失になった」。
ヘッジファンドは損失をカバーするため株などの資産売却に殺到し、1週間に及ぶ歴史的な急落を現出させた。慌てたFRB(米連邦準備制度理事会)は3月3日、0.5%の緊急利下げを実施。G7(主要7カ国)の財務相・中央銀行総裁も政策協調を行うとの声明を発表し、株式市場はいったんリバウンドした。
だが、その後も欧米での感染拡大が衰えを見せない中、株価は下落と上昇を繰り返す不安定な展開に。9日の暴落はまさにそうした中で起きた。本記事執筆の3月10日時点で、事態は、冒頭図表の中盤に位置すると考えられる。
危機を占う3要素
今後はどのような展開が想定されるのか。村木氏は「VIX投資の歪みはほぼ解消した。今後は株価、社債スプレッド、ドル調達コストの3つを注視する必要がある」と指摘する。
感染拡大が長引くとボディーブローのように効いてくるのが、企業収益の悪化とPERの低下だ。NYダウのPERは足元で18倍台まで低下してきたが、リスクプレミアムの拡大でPERはさらに下押しされる可能性が高い。企業の1株利益低下とのダブルパンチで株価下落に直結する。
こうした状況が続くと、これまで動きが比較的遅かった巨大プレーヤーも本格的な株売りに傾斜し始める。それが投資信託や企業年金基金などであり、資金の大きさはVIXジャンプのときの比ではない。
リーマンショック後、「ボラティリティーターゲット戦略」や「リスクパリティー戦略」と呼ばれる運用手法が拡大した。株や債券などの組み入れ比率について、価格変動の大きなものは少なくし、価格変動の小さなものは多くすることで運用資産全体の価格変動リスクを抑制しようというものだ。リスクパリティー戦略をうたう個人投資家向けの投信も増加中。今や一般になじみの深い戦略だ。
IMF(国際通貨基金)によると、この戦略を採用する運用主体として、リスクパリティーファンドが1500億~1750億ドル、変額年金が4400億ドル、CTA(商品投資顧問、ヘッジファンドの一種)が2200億ドルの資産規模を持つ(17年半ば)。19年初頭では、合計1兆ドル(約102兆円)程度に達していた可能性がある。