新連載「豊田章男 100年の孤独」 第1回 若手時代、直球勝負の日々

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しかし、反応は冷たかった。

「生産の人間に販売の何がわかる。TPSなど、販売に通用するわけがない。どうせ失敗するから、関わらないほうがいい」

敬遠された。完全に、『招かれざる客』だった。

「背広を着た人ばかりのエリート組織に、作業着姿で出入りしますから、『納品は裏からにして』とか言われてね。三河の『サル』とまでは言いませんが、田舎者が何しに来た、という感じでしたよね」と、友山は苦笑する。

それでも、章男と友山は、やる気のあるディーラーからTPSの導入を開始した。効果を広めるには、大手のディーラーから変える必要がある。

そこで、当時『販売店のドン』と呼ばれた勝又基夫の率いる「トヨタ勝又グループ」を攻めることにした。千葉市に本拠を構える有力ディーラーだ。

ところが勝又は、訪問した章男と友山を相手に自慢話ばかりを聞かせ、2人の話に耳を傾けようとはしなかった。最新式のラック式自動倉庫を見せ、「東洋一の新車点検工場だ」と得意顔だった。

2人は、直球勝負に出た。

「ハエがたかるみたいに、クルマに整備員がたかっているじゃないですか」

現場の業務効率の悪さを、痛烈な言葉で批判した。当然ながら、勝又は激怒し、けんか別れとなった。若気の至りである。

勝又は大人だった。1週間後、1人で販売担当常務を訪ね、「ぜひ、うちの改善をやってください」と頭を下げた。

「よくよく考えられたんじゃないでしょうかね。勝又さんはそういう方で、カッとなるけど、きちんと考えて対応してくださった」

と、友山は振り返る。現場に入り込んだ業務改善の結果、180人いた整備員は130人まで減った。余った人材は、勝又グループのほかの販売店の改善メンバーにした。最終的に、勝又は、「初めてメーカーと心が通った気がした」と語り、業務改善支援室の活動を高く評価した。

時に嫌われ、非難も浴びる「王様」としての宿命を背負う

「俺は王様、おまえは将軍になれ」──。

友山は、章男に呼ばれて96年に業務改善支援室を立ち上げた際、章男から、冗談とも本気ともつかない言葉を投げかけられた。この言葉を、友山はいまだに覚えている。

「当時は、70人の『やさぐれ部隊』を率いる課長が豊田さんで、係長が僕で、『王様も将軍もねぇだろう』と思いました」

それからさらに、章男はこうも言った。

「どこと闘うかは王様が決める。どうやって闘うかは将軍がやれ」

最近も、彼は常々こう語る。

「社長は『決める人』、『責任を取る人』だ」

つまり、章男は『決める人』すなわち『決断の人』である。彼は、『決断』について、こうコメントしている。

「直感の3秒で決めることが多いですね。ただ、その『決断』によって痛みを被る人、苦労する人がどれくらいいるかを理解していない限り、3秒で決めてはいけないと思っています」

「決断」をする「王様」は、時に嫌われ、非難を浴びる存在だ。しかし、望むと望まざるとにかかわらず、章男は「王様」を演じなければならず、孤独、孤高を抱え込むことになる。それは、『御曹司』の宿命だ。

ましてや自動車業界は、「100年に一度の大変革期」を迎えている。トヨタは何を目指し、どこへ行くのか。

章男の心境は、まさに『100年の孤独』の真っただ中にある。

=敬称略=

本連載が書籍化されました(クリックで東洋経済新報社のストアサイトに移ります)。

 

片山 修 経済ジャーナリスト

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かたやま おさむ / Osamu Katayama

愛知県名古屋市生まれ。経済、経営など幅広いテーマを手掛けるジャーナリスト。鋭い着眼点と柔軟な発想が持ち味。長年の取材経験に裏打ちされた企業論、組織論、人材論には定評がある。

『豊田章男』『技術屋の王国――ホンダの不思議力』『山崎正和の遺言』(すべて東洋経済新報社)、『時代は踊った――オンリー・イエスタディ ’80s』(文藝春秋)、『ソニーの法則』『トヨタの方式』(ともに小学館文庫)、『本田宗一郎と「昭和の男」たち』(文春新書)、『なぜザ・プレミアム・モルツはこんなに売れるのか?』(小学館)、『パナソニック、「イノベーション量産」企業に進化する!』(PHP研究所)など、著書は60冊を超える。

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