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タクシーから放り出された男 「豊田章男 100年の孤独」 第2回

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(撮影:風間仁一郎)

「若手チームに予算をつけたがらないのが大企業だ」

1996年、40歳の課長・豊田章男と、38歳の係長・友山茂樹は、業務改善支援室で、販売店の業務改善に取り組んでいた。

当時、社内には、章男と友山の理解者が少なく、孤立無援状態だった。何かをなそうにも、ヒト、モノ、金のすべてが不足した。

「会社にお金はあったんでしょうが、若手のチームに予算はつけたがらないのが、大企業なんですよ」

と、章男は、後に語っている。

2人は、TPS(トヨタ生産方式)の基本である『ジャスト・イン・タイム』と、リアルタイムでつながり続けるインターネットの相性のよさに、早くから気づいていた。

章男は、販売の業務改善に携わる中で、クルマは造って売って終わりではなく、むしろ、売った後、いかに顧客接点を持ち続け、長期的に信頼関係を維持するかが重要だと考えていた。

この頃から口癖のように「顧客接点が欲しい」と言い始めた。折から、時代はIT(情報技術)普及期である。95年にマイクロソフト「ウィンドウズ95」が発売されて以降、パソコンやインターネットが個人ユーザーにまで一気に普及した。IT革命である。

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