御年87歳。戦前から横浜を見続けてきた長老の目に、今の港はどう映っているのか。藤木企業の藤木幸夫会長に聞いた。
──地域密着の企業として横浜の現状をどう見ていますか。
親父の代から港で仕事をさせてもらっているが、横浜には世界的なネームバリューがある。ハンブルク(ドイツ)やロッテルダム(オランダ)などの港町では、子どもでも横浜を知っている。ある評価機関によれば、横浜港は信頼性でも荷役の効率でも世界一だ。
ところが横浜港で扱う貨物の量は減ってきている。製造業は安い労働力を求めて中国に行った。もっともな行動だと思うが、その後は全然帰ってこない。いくら立派な港があっても貨物のないところに船は来ない。かつてのようにアジア各国の貨物が北米に輸出される際、最後に立ち寄るラストポートという地位でもなくなった。
──では船が集まらない中で、横浜港はどうやって生きていくのでしょうか。
まずは海外の港のように、観光と貿易のゾーンを分ける必要がある。今の横浜では、フォークリフトで作業しているところにカップルがデートでやってきて写真を撮っているといった状況になっている。これは危ない。だから横浜ベイブリッジの内側にある港は観光ゾーン、外側は貿易ゾーンにする。
林(文子)市長は私のところによく相談をしに来るけれど、お互いにいろいろ考える中で、山下公園や大さん橋、赤レンガ倉庫が近くにある山下埠頭がクローズアップされた。今は再開発に向けて山下埠頭にある施設や業者の移転を進めているところだ。
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