「上司や取引先に渡す手土産は、高島屋ではなく天満屋で買う。品物が何かより天満屋の包装紙、紙袋であることが重要だ」と、岡山に住む40代男性は言う。
年を重ねた岡山県民にとって圧倒的なブランド力を誇る百貨店が天満屋だ。岡山、広島、鳥取で合わせて9店舗を運営し、女子陸上競技部の活躍でも知られる。
天満屋が発展したのは「(創業家である)伊原木家とは血縁関係のない伍朗氏が4代目社長となったことが大きい」と山陽新聞元専務で地元財界に詳しい赤井克己氏は語る。

売り場の増床予定地にバスターミナルを新設
長野県飯田市出身の伍朗氏は、小林一三氏の経営哲学に傾倒し、阪神急行電鉄(阪急阪神ホールディングスの前身)に入社した。西宮球場の建設計画を通して、用地の大部分を所有していた天満屋3代目に見込まれ、婿養子となり天満屋に入社。終戦直後の1945年、社長に就任した。
その手腕はユニークだ。たとえば市内中心部へのアクセスをよくするため、売り場の増床予定地にバスターミナルを49年に作った。百貨店接続型のターミナルは日本初だ。
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