経済史だけでなく思想・文化史にも目配り
評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎
人々の生活水準の継続的向上が始まったのは、19世紀初頭だった。まず英国で高い成長が始まり、米国やフランス、ドイツなどに波及した。20世紀前半の大戦期の挫折はあるが、1970年代初頭まで高い成長が続く。
その後、各国は低成長に喘ぐが、2000年代に復活したかに見えたのは、クレジットバブルやユーロバブルが醸成されたためだった。今では日本や欧州のみならず、米国も長期停滞に入ったと多くの人が懸念する。成長の時代がなぜ終わったのか。元には戻せないのか。
本書は、06年にノーベル経済学賞を受賞したマクロ経済学の泰斗が、19世紀以降の繁栄と近年の衰退の原因を探ったものだ。多くの研究者と同様、所有権確立など制度的要因を重視するが、本書では文化も強調する。経済史としてだけでなく、思想史、文化史としても楽しめる。
シュンペーターは科学的発見や地理的発見、英雄的起業家の出現を重視したが、本書は市井の人々が新たな方法や製品を生み出すべく知恵を絞りイノベーションに参画した点を強調する。伝統的社会から近代社会に移行し、挑戦や自己表現、人間的成長といった個人主義に裏付けられた価値観の誕生が、草の根のイノベーションにつながった。現場にこそ付加価値を生むのに必要な知識があるとしたハイエクの知識経済論と重なる。
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