浮き彫りにされる医療保険の現状と課題
評者 慶応義塾大学経済学部教授 土居丈朗
わが国の年間の医療費約40兆円の配分に大きな影響力を持つ中央社会保険医療協議会(中医協)。今年6月までその会長を務めた著者が、その内幕を本書で明らかにした。本書は、これからの医療政策や診療報酬制度の話ではなく、中医協での議論においてみられた人間行動の面白さ・豊かさを示したもの、と著者は謙遜するが、わが国における医療保険制度の現状と課題を浮き彫りにしている。
中医協を舞台に繰り広げられる議論のクライマックスは、2年に1度の診療報酬改定である。つまり、医療の価格の改定である。我々はかかった医療費の1~3割を自己負担する。その価格を決める中医協の議論では、医師など診療側の委員と保険者など支払側の委員とで、時として給付の拡充か抑制かで利害が対立する。
診療側は、患者の治療を滞りなく行えるように給付の拡充を主張する。保険料引き上げは、加入者に負担増を強いることになり、保険者側は無批判的に給付拡充を受け入れるわけにはいかない。診療側も、入院患者を多く受け入れる病院から外来患者だけを診る診療所まで立場は様々である。診療行為ごとに価格をつける必要があるのだが、これを「神の見えざる手」で医師と患者が自由に行えば、両者が持つ情報に非対称性があることなどに起因して「市場の失敗」が起こることは、経済学も指摘している。だから、医療の価格はわが国では公定とされているが、政府とて万能ではない。
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