巨大駅・大阪はなぜ「湿地帯」梅田にできたのか

広すぎた用地が大ターミナルへの成長を支えた

改築・拡張を繰り返してきた大阪駅とその周辺。左側がJR大阪駅、右側が阪急の大阪梅田駅(写真:まちゃー/PIXTA)

アメリカ大統領選で民主党のジョー・バイデン氏が勝利したことを受け、大阪府大阪市に所在する「梅田駅」に注目が集まった。梅田を音読みすると「バイデン」になる――というわけだ。

梅田には阪急電鉄・阪神電鉄・大阪メトロの駅、そしてJRの大阪駅が立地する。鉄道ネットワークの強みを生かし、大阪駅・梅田駅界隈は大阪屈指の繁華街として、なにより大阪の玄関としての地位を不動のものにしている。2019年に阪急・阪神の駅名が梅田から「大阪梅田」に改称されたことも話題となった。2023年には駅北側の再開発地区に新駅が開業する予定で、今後も発展が続く。

しかし、大阪駅の開業当初は違った。駅の一帯は湿地帯で、大阪中心部からは離れていた。駅開業時に大阪市は発足していない。市の誕生後も大阪駅は西成郡に属し、長らく大阪市の駅ではなかった。

広すぎた用地が発展の礎に

大阪駅は、日本初の鉄道である新橋(後の汐留貨物)駅―横浜(現・桜木町)駅間が開業してから2年後の1874年、大阪駅―神戸駅間の開業と同時に開設された。

政府は大阪経済の中心地だった堂島に駅をつくろうと考えたが、鉄道の最高責任者だった井上勝は用地買収が困難であること、今後は京都方面へと線路を延ばすことを考えて駅を設置する場所を変更した。コメの取引所が開設され商人でにぎわう堂島に比べ、梅田は広大な用地を安価で確保できた。

政府は約3万3000坪にもおよぶ駅用地を購入し、そこに大阪駅を建設する。明治期においてはオーバースペックでしかないが、過分な駅用地を購入したことで、大阪駅は時代に合わせて巨大化していくことが可能だった。時を経て駅の拡張はスムーズに進展し、順調に発展を遂げることができた。長い目で見れば、最初から広大な駅用地を購入したことは大正解だった。

初代大阪駅は、当時最先端とされた赤レンガを部材に用い、駅舎の中央に時計台を配置。2年前に開業した新橋駅・横浜駅と比べても最新の建築技術を採用し、美術・芸術的な面も格段に向上していた。政府が大阪駅に並々ならぬ期待を込めていたことがうかがえる。

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