タコの最期は涙なくしては語れないほどに尊い 雄も雌も子孫を残す瞬間のために命を捧げる
これだけの長い間、メスは卵を守り続けるのである。まさに母の愛と言うべきなのだろうか。この間、メスは一切餌を獲ることもなく、片時も離れずに卵を抱き続けるのである。
「少しくらい」とわずかな時間であれば巣穴を離れてもよさそうなものだが、タコの母親はそんなことはしない。危険にあふれた海の中では一瞬の油断も許されないのだ。
もちろん、ただ、巣穴の中にとどまるというだけではない。
母ダコは、ときどき卵をなでては、卵についたゴミやカビを取り除き、水を吹きかけては卵のまわりの澱(よど)んだ水を新鮮な水に替える。こうして、卵に愛情を注ぎ続けるのである。
ふ化まで卵を守りとおす母ダコ
餌を口にしない母ダコは、次第に体力が衰えてくるが、卵を狙う天敵は、つねに母ダコの隙を狙っている。また、海の中で隠れ家になる岩場は貴重なので、隠れ家を求めて巣穴を奪おうとする不届き者もいる。中には、産卵のためにほかのタコが巣穴を乗っ取ろうとすることもある。
そのたびに、母親は力を振り絞り、巣穴を守る。次第に衰え、力尽きかけようとも、卵に危機が迫れば、悠然と立ち向かうのである。
こうして、月日が過ぎてゆく。
そして、ついにその日はやってくる。
卵から小さなタコの赤ちゃんたちが生まれてくるのである。母ダコは、卵膜にやさしく水を吹きかけて、卵を破って子どもたちが外に出るのを助けるとも言われている。
卵を守り続けたメスのタコにもう泳ぐ力は残っていない。足を動かす力さえもうない。子どもたちのふ化を見届けると、母ダコは安心したように横たわり、力尽きて死んでゆくのである。
これが、母ダコの最期である。そしてこれが、母と子の別れの時なのである。
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