タコの最期は涙なくしては語れないほどに尊い 雄も雌も子孫を残す瞬間のために命を捧げる

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これだけの長い間、メスは卵を守り続けるのである。まさに母の愛と言うべきなのだろうか。この間、メスは一切餌を獲ることもなく、片時も離れずに卵を抱き続けるのである。

「少しくらい」とわずかな時間であれば巣穴を離れてもよさそうなものだが、タコの母親はそんなことはしない。危険にあふれた海の中では一瞬の油断も許されないのだ。

もちろん、ただ、巣穴の中にとどまるというだけではない。

母ダコは、ときどき卵をなでては、卵についたゴミやカビを取り除き、水を吹きかけては卵のまわりの澱(よど)んだ水を新鮮な水に替える。こうして、卵に愛情を注ぎ続けるのである。

ふ化まで卵を守りとおす母ダコ

餌を口にしない母ダコは、次第に体力が衰えてくるが、卵を狙う天敵は、つねに母ダコの隙を狙っている。また、海の中で隠れ家になる岩場は貴重なので、隠れ家を求めて巣穴を奪おうとする不届き者もいる。中には、産卵のためにほかのタコが巣穴を乗っ取ろうとすることもある。

そのたびに、母親は力を振り絞り、巣穴を守る。次第に衰え、力尽きかけようとも、卵に危機が迫れば、悠然と立ち向かうのである。

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こうして、月日が過ぎてゆく。

そして、ついにその日はやってくる。

卵から小さなタコの赤ちゃんたちが生まれてくるのである。母ダコは、卵膜にやさしく水を吹きかけて、卵を破って子どもたちが外に出るのを助けるとも言われている。

卵を守り続けたメスのタコにもう泳ぐ力は残っていない。足を動かす力さえもうない。子どもたちのふ化を見届けると、母ダコは安心したように横たわり、力尽きて死んでゆくのである。

これが、母ダコの最期である。そしてこれが、母と子の別れの時なのである。

稲垣 栄洋 静岡大学農学部教授

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いながき ひでひろ / Hidehiro Inagaki

1968年静岡市生まれ。岡山大学大学院修了。専門は雑草生態学。農学博士。自称、みちくさ研究家。農林水産省、静岡県農林技術研究所などを経て、現在、静岡大学大学院教授。『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『都会の雑草、発見と楽しみ方』 (朝日新書)、『雑草に学ぶ「ルデラル」な生き方』(亜紀書房)など著書50冊以上。

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