失敗を「引きずる人」「糧にする人」の致命的な差 人生が終わるような失敗は「まず起こらない」

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言い換えれば、どんな不条理な出来事に見えても、本当はちゃんと因果関係はつながっている。ただ、その因果関係が複雑すぎて、普通の人間の理解力では捉えきることができない。これが2600年前にお釈迦さまが悟られたと言われている、仏教の世界観なのです。

不条理を受け入れること

ちょっと、話が難しくなってしまったかもしれませんね。私が言いたいのは、「失敗をどう受け入れるか」というのは、結局のところ「不条理な出来事(不幸)をいかに受け入れるか」という問いに直結しており、実は一般的な心理学ではその問いには答えられていない、ということなんです。

言い換えれば、失敗を受け入れるというのは、心理学の範囲を超えた問題であり、宗教=信仰のレベルの課題だったということです。しかし僕は、心理学と宗教というのは、相補的な関係にあると考えています。心理学で解決がつかないものは、宗教という何千年に及ぶ人類の知恵からヒントを得ることができるということです。

たまたま自分の身に降りかかった不幸、自分に責任がないように思える失敗。こうした出来事に対して「ああ、これもまた、自分にとって意味があるかもしれない」と捉えること。これはもう心理学ではなく、運命をどう捉えるか、つまり宗教の領域なんですね。

ただ、これを心理学的なトレーニングに変換することは可能です。例えば、大きな失敗をしてしまったときに、目を閉じて「これにもきっと意味があるのだ」と唱えてみる。理不尽で、腹立たしいことが起きたときにも、同じように唱えてみる。できれば3回ぐらい、声に出してみる。そうすると、フッと心が落ち着いてきます。

不条理を受け入れられるかどうかは、現実的に言って、人生を好転させる、大きな契機となります。「これにもきっと意味があるのだ」という<呪文>をぜひ心の片隅で覚えておいて、何か、失敗をしてしまったときに試してみてください。

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アルファポリスビジネス編集部

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