「労働基準監督署に通報したり、裁判を起こしたりすれば、勝てるのではないかと思っています」と織田さんは話す。実際、2019年に高知大学、2021年には三重大学が、附属校教員の残業代未払いについて労働基準監督署から是正勧告を受けており、勝ち目がないわけではない。
しかし織田さんは、「正直、そこに費やす時間も気力もないし、残業代が出なくても仕方がないのかなという気持ちもあります」と弱気だ。なぜそう思うのか。話を聞いていくと、国立附属校ならではの課題が見えてきた。
「寄付がなければやっていけない」財政難の実態
国立附属校の大きな特徴は、国立大学という法人に属していることだ。一方、公立学校は地方自治体の教育委員会が所管している。教育委員会は文部科学省が策定した方針に基づいて教育行政を行っているため、両者は密接に連携している。
しかし、国立附属校は教育委員会の管轄下にはなく、文部科学省との連携もみられないと織田さんは話す。
「国立大学が法人化した2004年以前からいる先生によると、昔は日頃から文部科学省の人が学校に来ていたそうです。それが、法人化されてからパタっとなくなったと聞いています。国は、『もう自分たちが面倒を見る対象ではない』と思っているのでしょう」
公立学校との人事交流はあるものの、人事権自体は大学にあるため、教員の流動性も低い。腰を落ち着けてじっくり授業研究ができるのは利点だが、さまざまな面でガラパゴス化しているのも実情だ。たとえば校務支援システムも、公立学校は各自治体の教育委員会が一括導入することが多いが、国立附属校は学校ごとに調達する必要がある。
いわば、独立した事業者として学校運営をしている状態。当然、お金のやりくりも重要だ。
「財政はかなり苦しいです。勤務校の管理職はよく、『寄付金がなければやっていけない』と嘆いています。昨年、教職調整額が今後段階的に引き上がることが決まりましたが、『この学校も変わりますか?』と管理職に聞くと、露骨に渋い顔をされました。それどころか、『残業代を出すには、基本給が大幅に下がってもおかしくない』と言われ、改めて深刻な状況にあるのだと痛感しています」
財政難に陥っているのは、織田さんの勤務校だけではない。2024年6月、全国に86(現在は85)ある国立大学のうち82が参加する国立大学協会は、国立大学を取り巻く財務状況の悪化について「もう限界です」とした声明を発表。2004年の法人化以降、国立大学全体の基盤的経費である運営費交付金が1631億円も減っていることを明らかにしている(※4)。最も多くの運営費交付金を受けている東京大学ですら、授業料の引き上げに踏み切ったことに鑑みると、その他の大学、とりわけ地方の教育大学の状況は容易に推察できよう。実際、空調設備やバリアフリーへの対応が不十分な国立校も珍しくない。織田さんが、「自分たちの残業代が出なくても仕方がないのかな」と感じてしまうのも無理はない。
※4 「国立大学協会声明―我が国の輝ける未来のために―」(令和6年6月7日)
教員養成校だからこそ「基本」を教えるべき
これほどの財政悪化に、周囲の国立教員が危機感を持っていないことも、織田さんを弱気にさせている。残業代が支給されない現状にも、とくに疑問の声はあがっていないそうだ。