日本も本格導入、排出量取引制度への期待と課題 諸富徹・京都大教授「意味ある価格設定がカギ」

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――素材産業などからは排出量取引制度の導入について、今もなお懸念の声が多く聞かれます。制度設計がうまくできなかった場合、産業空洞化を招いたり、脱炭素化を進めるべく投資をした結果、CO2排出量がむしろ増えてしまったりする問題が指摘されています。

制度の骨格のあるべき姿を見失わないようにすることが大事だ。最も重要なのは、排出削減目標の設定および、これと密接に関連する排出枠の配分の仕方だ。

業種ごとに排出量のベンチマークをどのように設定するかが非常に重要になってくる。たとえばEUでは、業種を定めたうえで、上位から10%の企業の排出効率でベンチマーキングしている。そうすると全体の90%の企業は排出枠が足りなくなるため、何らかの排出量の削減を迫られる。これはつまり、業界内で競争原理が働くことを意味している。

なお、私もメンバーとして参加した政府の第1回ワーキンググループ会合での政府関係者の説明によれば、排出枠は無償で配分され、いきなり大きなコスト負担が生じることはないとみられる。

上下限価格の水準が、制度運用で重要

――製品ごとにうまい具合にベンチマーキングできるのでしょうか。

鉄鋼やセメントといった、比較的製品がシンプルな場合には、1トン当たりの生産でどれだけCO2を排出したかを把握しやすい。他方、電子部品や化学製品、製薬といった業界では製品種別が多様なこともあって、ベンチマーキングには難しさがある。

これまでも大手企業は、業種ごとの自主行動計画を通じて排出削減に取り組んできた経緯がある。そのプロセスの中 で、事実上ベンチマーキング的な取り組みをしてきたというから、その知見の蓄積を生かせば、さほど問題にならないと考えられる。

――排出量取引制度を機能させるために、どのような点に留意すべきでしょうか。

排出量取引市場にはプライマリー市場とセカンダリー市場がある。プライマリー市場とは、国が排出権を民間企業に売却するための市場だ。一方、民間企業同士が取引を行うのがセカンダリー市場であり、後者の市場価格の変動が大きくなりすぎないように政府が上限や下限価格を設定することが想定される。

――たとえば上限が低い場合、どのような問題が生じますか。

企業が排出量削減の目標を守ることができそうにない場合、その企業は不遵守ということでペナルティを課される。そうならないよう、排出量取引市場で排出枠を購入することになるが、そうした企業が多い場合には取引価格が跳ね上がる。この時、上限価格があまり高くなければ、予期せぬ負担増を避けることができるため、企業にとっては安心材料となる。

逆に下限価格を設けるのは、あまりにも炭素価格が低すぎると、誰も脱炭素化に投資しようと思わなくなるからだ。EUは2020年代に排出枠価格が低迷し、企業の脱炭素化投資が滞った。自社で対策をとるよりは、排出枠を購入するほうが安上がりだからだ。下限価格があれば、こうした事態を防げる。

目標を達成できなかった場合に課されるペナルティの水準も重要だ。ペナルティの水準が低すぎると、ペナルティを払えばよいということで、排出削減努力をしないように働く。

EU-ETS創設当初、ペナルティはCO2超過排出量1トン当たり40ユーロ、現在では100ユーロという高水準に設定されている。市場価格よりも十分高い水準に設定することにより、不遵守になってペナルティを払うよりは、市場で排出枠を購入し、目標を遵守するほうが経済合理的だということになる。こうして高い水準のペナルティは、企業が目標を遵守するために、市場で排出枠を積極的に購入するインセンティブを付与する効果がある。

排出量取引制度については、さまざまな点で工夫する必要がある。何よりも実効性を持つ仕組みにすることが重要だ。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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