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猪木氏との出会いがソ連の機密情報につながった 佐藤優の情報術、91年ソ連クーデーター事件簿①

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前回、冒頭のみを紹介した朝日新聞の記事の続きを引用する。筆者が1991年8月20日にモスクワの日本大使館から東京の外務本省に宛てた秘密公電に関するもので、少し長くなるが、情報入手の技法を伝えるために必要なので、お付き合い願いたい。

「20日14:30、佐藤がロシア共産党中央委員会を往訪し、イリイン第二書記と意見交換」と報告は始まる。

前日の8月19日、ソ連の副大統領や国防相、国家保安委員会(KGB)議長らからなる非常事態国家委員会が全権を握ると発表。「健康上の理由」からゴルバチョフ氏は職務不能になったとされた。停滞する社会主義大国の改革を共産党独裁の放棄などによって進めていた大統領の排除に、党保守派が乗り出した。

ソ連15共和国で最大のロシアのエリツィン大統領はクーデターと批判し、ゴルバチョフ氏はウクライナのクリミアで保養中に軟禁されたと述べた。だが19日夜に海部俊樹首相に電話したブッシュ米大統領は、所在も生存も「わからない」と述べ、各国の政府やメディアは確認に追われた。

ロシア共産党の重鎮イリイン氏は、ゴルバチョフ氏や急進改革派のエリツィン氏が社会主義を揺るがすとみて批判的だった。クーデター側から情報が入っていないか。食い込んでいた佐藤氏は正面から問うた。

「(ゴルバチョフの所在につき質したところ)非常事態委より、クリミアの別荘で静養を継続しているとの報告を受けている。(本当に生きているのか)生きている。(意識は)正常との報告を受けている」。(2022年12月21日、朝日新聞夕刊)

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