徂徠から渋沢へ継承された革新的儒教が資本主義を導く
評者・北海道大学大学院教授 橋本 努
ドラッカーは、社会事業家の渋沢栄一を絶賛したことがある。経営の社会的責任について論じた人物で渋沢の右に出る者はいない、彼は世界の誰よりも早く経営の本質を見抜いていた、と。
本書は「日本資本主義の父」とも称される渋沢の思想が、儒教に基づく独自の資本主義倫理を築いた点を高く評価する。渋沢の小著『論語と算盤(そろばん)』(1916年)は、儒家経典を再解釈して、これを資本主義の倫理へと読み替えた。それは西欧とは異なる日本独自の資本主義倫理を築くことに貢献したというのである。
では、同時期の中国はどうだったのかといえば、儒教と資本主義を結びつけるような思想家は現れなかった。商業は相変わらず儒教の観点から賤(いや)しいものとみなされ、結果として経済は停滞した。
日本では、独自の商業倫理が儒教を基盤に確立する。その背後にはすでに、江戸時代の思想家、荻生徂徠がいた。徂徠は当時の訓詁学としての儒教を退け、世の中を治めるための道徳を正面から論じた。ただし経済問題に対しては保守的で、徳川封建制をそのまま擁護したにすぎなかった。
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