個人主義の重要さを明確に論じる
評者 BNPパリバ証券経済調査本部長 河野龍太郎
2016年末、ベルリンにある旧東ドイツの秘密警察・諜報機関であったシュタージ(国家保安省)の博物館を訪れた。国境を越えて暗闘したスパイを統括しただけでなく、多数の密告者を街中に配し国民を監視したシステムには戦慄(せんりつ)した。ヒトラーが去った後も人々は「集産主義」の圧政に苦しめられていた。
本書は、全体主義や社会主義などの集産主義が暴政と貧困を生むのは不可避であること、個人の自由を確保した社会のみが繁栄可能であることを説いた自由主義論の金字塔だ。今回、さらに読みやすい新訳が登場した。
本書が発表された1944年当時、社会主義への人々の期待は大きかった。ファシズムは社会主義への資本サイドからの反動と解する人も多かったが、個人に対する国家の優越や市場の代わりに計画経済を導入する点で社会主義とファシズムは同根であり、特にドイツでは思想的にも継続性が強いことを著者はいち早く見抜いていた。サッチャー英首相が愛読したこともあり、ハイエクを新自由主義の元祖と見なす人も少なくないが、それは誤りだ。本書は自由放任主義を強く批判し、自由な市場の維持には政府の役割が必要であることを論じている。
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