新必修科目「公共」で学ぶ金融経済のしくみ

学校教育の現場では、新学習指導要領に基づいて、本格的に金融経済教育の授業が始まることになった。すでに中学校では2021年度から金融リテラシーを高める授業が盛り込まれているが、高校でも22年度入学の生徒から新科目「公共」で、基礎的な金融経済の仕組みについての授業が行われ、「家庭科」の授業では投資信託などの金融商品や資産形成の視点にも触れた授業が本格的にスタートする。

これまで資産形成も含めた金融経済の学びといえば、大学の特定の学部において学ぶというのが通例だった。しかし、これからは高校卒業までに社会で生きていくために必要な金融経済の知識を身に付けることで、将来的に日本全体の金融リテラシーを高めていく狙いがある。

こうした中、金融経済教育の支援に力を入れているのが日本証券業協会だ。金融・証券系の業界団体だが、新学習指導要領の実施に伴い、学校向けの金融経済教育支援に本腰を入れ始めている。同協会の金融・証券教育支援センター長である内田直樹氏が言う。

金融・証券教育支援センター長 内田直樹氏
(写真:日本証券業協会提供)

「これまでも私たちは先生方に対する金融経済教育の支援活動に携わってきましたが、今回、新学習指導要領において金融経済教育の内容が拡充されたことで、さらに学校向けの支援に力を入れていきたいと考えています。先生方もセミナーなどを通して、知識をアップグレードしようと積極的に準備を行っています。金融経済教育は重要であるという認識を皆さんと共有しており、子どもたちにいかに教えていけばいいのか。研究を続けているところです」

もともと同協会が教員向けの金融経済教育支援を始めたのは1980年代から。90年代半ばからは株式学習ゲームなどの教材を学校に提供するなど、長く金融リテラシーの向上に努めてきた。しかし、さまざまな課題を抱えている教育現場では、指導すべき事柄や取り組むべき内容がたくさんあり、どうしても金融経済教育に対する関心は薄かった。保護者にしても「金融経済の動きや資産形成は受験に関係ないし、大学から勉強すればいい」という考えが大半で、なかなか金融経済教育が中学、高校でなじむことはなかったのだ。

同協会が作成した、『先生、資産形成ってなんですか?』ポスター
(資料:日本証券業協会提供)

しかし今回、同協会では『先生、資産形成ってなんですか?』というコピーのポスターを制作。学校で金融経済教育が実施されており、証券・金融業界が金融経済教育の支援をしていることを世間にアピールするほか、独自に金融経済教育支援を行う証券会社もあり、証券・金融業界を挙げて取り組む方針を示している。

「金融先進国の米国でも金融経済教育の取り組みは州ごとにバラバラです。しかし、日本では学習指導要領に基づいた金融経済の授業が行われることで、将来的には国民のほとんどが基礎的な金融リテラシーを身に付けることができるようになるでしょう。子どもの頃から金融リテラシーを身に付ける機会があることは、日本にとって非常に大きなプラスであると考えています」

ここで、日本証券業協会が学校向けに提供している、代表的な金融経済教材をいくつか紹介しよう。ちなみにいずれも同協会からの無償提供の教材であり、入手もしやすい。

無償提供で使える、豊富な「金融経済教育」教材

「株式会社をつくろう! ~ミスターXからの挑戦状~」
(資料:日本証券業協会提供)

まず「株式会社をつくろう! ~ミスターXからの挑戦状~」は、主に中高生を対象としている。会社の仕組みに焦点を当てたもので、体験学習を通じて、会社の社会的な役割と責任、株式会社の仕組み、起業や金融の働きについて学べる体験型教材となっている。構成は、直接金融の仕組みや間接金融との違いを理解しやすいよう、3つのパートで構成されている。時間は1~4時間を要するため、分割学習も可能だ。導入実績は2020年度で全国約400校、約4万名の生徒たちに利用されている。

「体験して学ぼう! 金融・経済・起業 金融クエスト」
(資料:日本証券業協会提供)

次は「体験して学ぼう! 金融・経済・起業 金融クエスト」。こちらは新学習指導要領に対応した教材で、主に中高生向けの内容だが、高校の新科目「公共」や「家庭科」の授業でも利用できるようになっている。グループワークなどの体験学習を通じて、起業や投資の意義、間接金融と直接金融、株式会社の仕組みや、社会の変化と会社への影響、資産形成などについての関心と理解を深めることを目的としている。新たな金融経済の知識についても幅広く網羅されており、「株式会社をつくろう!」と同じ体験型教材だ。5種類のテーマについて、各テーマごとに50分の授業で完結できるように設計され、使いやすいことが特徴となっている。

「こちらはタブレットを使ったICTの授業にも対応しており、新たな資産形成に関する項目も充実しています。家庭科の先生からも引き合いが増えており、多くの学校からお申し込みをいただいています」

「潜入! みんなの経済ワールド」
(資料:日本証券業協会提供)

また「潜入! みんなの経済ワールド」は中高生向けに金融・証券に関する7つのキーワードを、付属DVDに収録されたNHKの番組クリップを見ながら、基礎編、応用編の計14本をそれぞれ20分の短時間で学ぶことができ、授業の副教材として使えるものとなっている。こちらは2020年度で全国195校、約1万6000名の生徒に利用されている。

「株式学習ゲーム」
(資料:日本証券業協会提供)

最後に取り上げる「株式学習ゲーム」は1996年の登場以来、利用者が累計100万人を超える中高生向けのロングセラー教材だ。米国の教育現場で実績のあるStock Market Gameをモデルにしたもので、仮想所持金(1000万円)を元手に、実際の株価に基づいて模擬売買を行うシミュレーション教材となっている。本教材では、株式の模擬売買を通じて、株価変動の背景となっている現実の経済、社会の動きに生徒たちの目を向けさせることを目的としている。実施期間は4月~2月末まで。参加期間が短いと株価と社会の動きの関係がわかりにくいため、過去の参加校の平均実施期間は13週となっている。2020年度は全国で約980校、5万名を超える生徒が利用している。

では、こうした教材を使って、中高生の段階から金融経済を学ぶことは、子どもたちにとって、どのようなメリットがあるのだろうか。内田氏は各学年によって求められる金融リテラシーがあり、段階的に学ばなければ、結果として確かな知識は身に付かないと言い、そのうえで、忘れてはならない大事なことがあると指摘する。

「例えば『株式投資にはリスクがある』と言われたとき、私たちはどう判断するべきでしょうか。リスクを管理するためには回避、低減、転嫁、受容といった4つの考え方があります。つまり、金融経済教育で重要なのは、リスクを回避して何も行動しないのではなく、リスクを低減させるために何をすべきか。例えば「長期・積立・分散」という方針で資産形成を行うことを学ぶことです。実際、世の中でもリスクを回避して何も行動しなければ、リターンを得ることはできません。どんな行動に対しても、リスクがある。そのリスクをいかに管理するかを学んでこそ、人生の新たな道を開くことができる。学校で金融経済を学ぶということは、社会生活の基礎力だけでなく、子どもたち将来、不確実な社会を生き抜いていくための力を身に付けることでもあるのです」

日本証券業協会では、これからも国内の金融リテラシーを高めるために、積極的に施策を講じていくという。内田氏も最後に次のようにメッセージを送る。

「私たちは今、先生たちのニーズに最大限お応えできるよう教材だけでなく、セミナーをはじめとした、さまざまな取り組みを行っています。金融経済教育が学校の教育現場で浸透するのはまさにこれからです。これまでに興味・関心がなかった方でも機会があれば、ぜひお声がけしてほしい。私たちも全力でサポートさせていただきたいと考えています」

日本証券業協会・金融経済教育応援コーナー(先生・教育関係者向け)はこちら

(文:國貞文隆、写真:注記のない写真は freeangle/ PIXTA)