「不登校児に居場所を」22年間貫き通した信念 絶対的な味方になることで子どもの心は開く
「過去を聞かない」を守り続けて
ずっと否定され続けてきて傷ついている子に、どうやって「否定されない場所」と感じさせるのか。白井氏がずっと守り続けているのは、「過去を聞かない」ということだ。
「そもそも、普通の大人同士の人間関係でも、初対面でいきなり嫌な経験を聞かないですよね。信頼関係が構築されて初めて心を開いて過去のことやトラウマについて話してくれたりするわけで、まずは人として当たり前のコミュニケーションを子どもたちとも取っています」
そうやって接することで、「そのままの自分でいいんだ」「初めて家の外で味方ができた」と子どもたちも感じることができ、目に見えて様子が変わっていくという。
「もう本当に、みるみるうちに落ち着いていきます。『あのトゲトゲしかった子がありがとうって言ってくれたよ』とスタッフ同士で泣きそうになることが毎日のようにあって、いかに否定されてきたと感じている子どもたちが多いかを痛感しています。うれしいのは、『1回つまずいたけれど、ここで助けてもらったから今度は助ける側になりたい』と言ってくれる子が多いことです。卒業後にスマイルファクトリーのスタッフになったり、福祉の世界で活躍したりという子がたくさんいます。自分自身が学校教育になじめなかった経験を持っているので、不登校の子の気持ちがよくわかるということもあって、自治体の教育委員会で重宝されている卒業生もいます」
教育は、時代の動きに追いついていない
興味深いのは、スマイルファクトリーを目当てに家族全体で引っ越してくるケースも多いことだ。そのことを大阪・池田市の教育委員会や学校も理解しているため、おのずと多様な子どもたちを受け入れようという土壌が醸成されてきていると白井氏は語る。
「スマイルファクトリーを目指して引っ越してくると聞いていたのに、いつまで経っても来ないなと思ったら、池田市の公立小学校には通えていたという話もあります。民間と連携することで『スマイルに行く子も含めていろいろな子がいる』と池田市の学校の先生方に理解いただいているのは大きいのかなと思っています」
多様な子の受け皿になるのはフリースクールの性質そのものでもあるが、公教育と連携すれば、より多くの子どもたちを受け入れられる。そして、このような連携は先生にも救いとなる可能性がある。
「20年以上フリースクールの運営に携わって、学校の先生方ともたくさん話をしてきました。やはり30~40人を十把ひとからげに教育するのはもう無理だと感じていますし、先生方からもそういう声を聞くようになりました。無理なのに先生方は頑張って指導しようとして、ブラックな環境で過重労働に苦しんでいらっしゃる。社会がSociety 5.0に向かって構造的に変わりつつある中で、従来の学校教育の価値観ややり方をそのまま押し通すのは難しいということを認めたほうが、先生方も子どもたちも保護者も楽になるのではないでしょうか」
白井氏の話でわかるように、フリースクールは学校教育の枠組みに収まりきらない子どもたちを受け入れる場所として大きく期待できる。しかし、文部科学省の2019年度調査によれば、小中学校の不登校児童・生徒が18万1272人いる一方で、フリースクールに当たる「民間団体・民間施設」で出席扱いを受けたのは3316人(※)と2%にも満たない。別の文部科学省調査によれば、15年時点でフリースクールの施設数は474カ所であり、すべての子どもたちを受け入れるのは厳しいのが現実だ。
※文部科学省「令和元年度児童生徒の問題行動調査」
スマイルファクトリーと池田市は先進事例であり、現実的には多くの学校がしばらく30~40人学級での授業を続けることは変わらない。現状の環境で、一人ひとりに合わせた教育をするにはどうしたらいいのか。白井氏は、コロナ禍によって前倒しで実現したGIGAスクール構想による“1人1台PC”の環境に期待を寄せる。