ブラック・ケネディ オバマの挑戦 クリストフ・フォン・マーシャル著/大石りら訳 ~アメリカの新しい統合の象徴の内実を読み取る
アメリカ史上始まって以来の黒人大統領が誕生する。バラク・オバマ。新しい時代を切り拓く若き希望の星。それが本書のタイトル「ブラック・ケネディ」の所以である。
泥沼のイラク戦争と未曾有の金融恐慌。そのアメリカを立て直すことは出来るのか。アメリカの再生を可能にするリーダーには何が必要なのか。
本書は、オバマが生き抜いてきた過酷な、そしてたぐいまれな半生を振り返ることによって、新しい時代のリーダーたらんとする彼の姿を生々しく浮かび上がらせている。
オバマが奇跡に近い成功を収めた理由は何だったのか。著者は、三つの能力を挙げている。
一つは、華麗で説得力のあるレトリックを駆使した演説の能力。第二に、組織化の能力。そして三つ目は、対立する人々の間を仲裁し、和解させる能力である。
これらの能力がオバマの豊かな才能によってもたらされたことはもちろんである。しかし、本書の描くオバマの半生は多くの日本人の想像を超えている。
オバマは、「真正」の黒人ではない。白人の母親と黒人の父親を持つ混血である。肌が黒く、一見すると黒人であるため、さまざまな差別を受けてきた。そればかりか、「オバマは十分に黒いか」、つまり本当に黒人を代表できる人間なのかという懐疑的な声にも晒され続けた。つまり、人種的に複雑な立場が、彼のアイデンティティ形成に深刻な壁となっていたのである。
しかし、幾多の挫折を経験しつつも、そうしたすべてを自己の勉学への努力と、コミュニティ・オーガナイザー(ボランティア的な地域活動家)としての献身的な活動を通じて克服してきた。黒人初のハーバード・ロー・レヴューの編集長という経歴が示すとおり、その優秀さには折り紙がつく。しかし、彼の本当の強さは、シカゴの黒人貧民区域での社会貢献活動から生まれたのではないだろうか。
変革者であり、同時に人種や宗教の違いを超えた仲裁者として新しいアメリカの統合を象徴する存在となったオバマ。本書は、その内実を読み取ったものと言えるだろう。
本書はまた、人種問題の歴史だけでなく、アメリカでの宗教の複雑さや格差社会の現実についても多くの示唆を与える。
世界は大きなうねりの中にある。根深い人種対立を乗り越えて新しいリーダーを選出したアメリカだけでなく、わが国にも強く、新しい、希望の星となるリーダーが必要ではないだろうか。せめて、政治に携わる多くの人々が、本書のメッセージを正面から受け止めてもらいたいものである。
Christoph von Marschall
ジャーナリスト、歴史学者。1959年ドイツのフライブルク生まれ。フライブルク大学大学院博士課程修了。現在は独有力紙ターゲスシュピーゲルのワシントン支局長を務める。9.11同時多発テロの報道により、2001年にGerman−American Commentary Awardを受賞。
講談社 1575円 249ページ
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら