韓国「伝統」の街が消滅に向かう再開発のワナ 「昔ながらのお店」が立ち行かなくなる理由

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ジェントリフィケーションによりテナント料が上がり、店が他の地域に移ってしまい、「人気の街」からあっという間に「寂れた街」へ転落するところもあれば、歴史ある街から"伝統"が姿を消しつつあるところもある。

観光地として名高いソウル市内の仁寺洞(インサドン)。ソウルを訪れたことがあれば、一度くらい足を運んでいるかもしれないこの街もまた、ソウル市の「ジェントリフィケーション総合対策6街」のうちのひとつだ。

仁寺洞は、朝鮮時代、王宮に勤めていた両班(貴族階級)の家が立ち並んでいた場所で、今でも伝統家屋の韓屋が少し残っていてその面影をわずかに偲ばせる。

19世紀末、生活に困った両班が所蔵していた古美術品や骨董品などを売ろうと店を構えたり、そうした両班によって放出された品物を売る人が現れたのが街の始まりと言われる。古美術品や骨董品を扱う伝統ある街として長い間ソウル市民に愛されてきた。

それが今、メインの仁寺洞通りには、韓国特有のデザインを施した服を扱う衣料品店に混じって、割安な服や鞄を売ったり、観光商品のアクセサリーを売る店が並ぶ。フランチャイズチェーンの飲食店やカフェなどもある。

テナント料高騰の直撃を受ける個人商店

以前、軒を連ねていた古い画廊や陶磁器を扱う店、韓紙を売る表具屋、あるいは筆や硯を売る店などは今は数えるほどだ。「そんな伝統的な店はメイン通りから裏に入った路地に移ったり、よそに引っ越ししたりしました。仁寺洞はもう往年の姿ではありません」と言うのは、35年来、仁寺洞で飲食店を営んできた店主だ。 

「今ではショッピングモールみたいになっていますが、昔はそこに韓屋でできた粋な韓国料理店がありました。仁寺洞通りには古美術品や筆屋、画廊が並んでいて、風情ある街でした。それが時代の流れもあって商売が成り立たなくなってきたところにテナント料がうなぎ登りに上がって、ほとんどがよそに行ってしまいました。今じゃあ、昔の面影を知る人のほうが少ないでしょう」

仁寺洞では、2000年代前半には33平方メートルの物件で月に約400万ウォン(約40万円)以下だったテナント料は年々上がり、今では月700~800万ウォン(約70万~80万円)近くまで上がったそうだ(仁寺洞にある不動産業者)。

30年近く仁寺洞で筆と硯を扱う店を構えてきた店主は、さびしそうにこう言う。「中国製のアクセサリーを大量に安く売リさばく業者が入ってきたりしている。ここは昔の落ち着いた雰囲気からすっかり変ってしまった。古美術品店などは店舗での売り上げが低くとも、得意先に高価な商品が一点売れればやりくりできていたが、それも厳しくなった。こんな場所には居られないとよそに移っていった人もいる。もう、伝統を感じられる街ではなくなっている」。

仁寺洞は2002年には韓国最初の文化地区に指定されていて、出店業種などに制限が設けられているが、「まったく機能していないようだ」という声も聞かれる。

前出の記者が言う。「ジェントリフィケーション問題の中心にあるのは、"カネ"です。そのため、今の資本主義社会の中では解決策がなかなか見出せない問題となっています。韓国ではテナント料があがって街を象っていた店や人が周辺や他の地域に移っていくことが繰り返されて、活気のあった場所がどんどん廃れていく。そういうことを繰り返して商圏地図を塗り替えているうちに結局どこに行き着くのか‥‥。この先どうなるかが、何も見えてきません」。

最近では、国土交通省がジェントリフィケーション問題を抱える地域の地元商人を集めて小型の商業施設を作る政策を打ち立てたが、まだ始まったばかりで模索の段階だ。韓国のジェントリフィケーション問題がたどりついた先には、どんな街並みが待っているのだろうか。

菅野 朋子 ノンフィクションライター

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かんの ともこ / Tomoko Kanno

1963年生まれ。中央大学卒業。出版社勤務、『週刊文春』の記者を経て、現在フリー。ソウル在住。主な著書に『好きになってはいけない国』(文藝春秋)、『韓国窃盗ビジネスを追え』(新潮社)がある。

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