さっさと不況を終わらせろ ポール・クルーグマン著/山形浩生訳 ~ドンキホーテ的な挑戦か世界を救う真の政策か
経済学は自然科学と違い、歴史観や思想、価値観と無関係ではない。時代の思想が経済論理にも大きな影響を与える。ケインズ経済学は、政府が大きな役割を果たすべきだという社会思想を背景に大きな影響力を得た。だが、政府は市場に介入すべきではないというネオリベラリズムの思想が優勢になると、「ケインズ経済学の死」が宣告された。今や大半の経済学者は、意識するにせよしないにせよ、皆、リバタリアンに転向してしまった。現在、財政均衡こそが経済成長を維持するために必要だという“イデオロギー”が世界を席巻するまでになっている。
そうした状況の中で孤軍奮闘しているのが著者である。政策論争はケインズ経済学と新古典派経済学の争い、言い換えると「需要サイドの経済学」と「供給サイドの経済学」の争いである。不況の原因は有効需要の不足にあると主張するグループと、財政均衡を達成し規制緩和を進めれば経済は成長すると主張するグループの対立でもある。現状では前者は劣勢で、後者は「刺激策をやめて緊縮に向かわない国は、ギリシャと同じような債務危機に直面するという恐怖」を説く。
しかし、著者は現在の不況は需要が不足しているからだと反論する。不況期に緊縮財政を取ることは有効なのだろうかと問いかける。そして財政均衡が成立すれば経済は成長するという「拡張的緊縮論」は、統計的にも歴史的にも支持されないと指摘する。危機を克服するには「もっと能動的な政策が必要であり、一時的な(財政)支出により雇用を支える」必要性を説く。
著者の主張はドンキホーテ的な挑戦なのか、世界を救う真の政策なのか。経済学の基礎に戻り、ノーベル経済学賞受賞者でもある著者の論述を精読する価値は大いにある。
Paul Krugman
米プリンストン大学教授、英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授。1953年生まれ。米イェール大学助教授、米マサチューセッツ工科大学教授、米スタンフォード大学教授、大統領経済諮問委員会上級エコノミストを歴任。ノーベル経済学賞受賞。
早川書房 1785円 323ページ
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら