日米関税交渉はどうか。こちらでは、相互関税も自動車関税も最悪シナリオに比べると関税率が引き下げられ、また、コメもミニマムアクセス内での調達国のウエイト変更(アメリカ産米のウエイト上昇)で決着した。
前回の本コラムで「25%の自動車関税の完全撤廃は難しいとみられる。もし10%まで引き下げられれば大成功、15%程度までの引き下げでも日本政府の外交成果としては十分評価できるのではないか」と書いたが、実際、この線で決着した。市場も政府の外交努力を評価し、株価は急伸した。
5500億ドルの対アメリカ投資は問題含みだ
ただ、5500億ドル(約80兆円)の対アメリカ投資コミットメントについては、その枠組みの詳細が依然不明であるが、日米当局者の発言に齟齬があり、もしアメリカ当局者の発言どおりであるならば、中長期の国益を害しかねない懸念がある。なぜか。
まず、石破首相は、日本時間23日の関税交渉合意直後の会見で、「日本企業によるアメリカへの投資を通じて(中略)日米が利益を得られる強靱なサプライチェーンをアメリカに構築していくということで合意」「日本企業が関与する医薬品、半導体などの重要分野での対アメリカ投資の促進のため、政府系金融機関が最大5500億ドル規模の出資、融資、融資保証を提供可能にする」と説明した。
これに対し、交渉のカウンターパートの1人であったラトニック商務長官は、アメリカ時間25日、ブルームバーグのインタビューにおいて、「アメリカがプロジェクトを選び、日本がその実行に必要な資金を提供するという形」「例えば、アメリカが1000億ドル規模の半導体工場をアメリカ国内に建設したいとすれば、日本はそのプロジェクト全体に、エクイティやローンなど、いかなる形であれ1000億ドルを提供する必要がある」と発言している。
インタビュアーの「日本企業が資金を出すということか?」という質問に対しては、「違う。誰でもいい。日本はあくまで『資金提供者』であり『運営者』ではない。だから、日本の特定の企業が工場を建てるという話ではない」と日本企業の参画は必須でないと明言している。
また、赤沢亮正経済再生担当相は「出資は(5500億ドルの)1〜2%になる」と26日のNHK番組で説明した。実際、出資(エクイティ)はその程度で不思議ではないだろう。問題はデット(融資など)のほうである。
23日のホワイトハウスの公表文では5500億ドルの投資について「new Japanese/USA investment vehicle」という用語を使っており、日米でファンドを設立して投資を行う想定のようだが、vehicleのエクイティの9割をアメリカが握り、1割だけ日本が参加するのであれば、トランプ大統領の言うようなアメリカが収益(アップサイド)の9割を握る仕組みは簡単に作ることができる。
問題は巨額のデットはすべて日本側が出すことになっている点である。過少資本のファンドでは、損失(ダウンサイド)は事実上デットが負担する形になる。日本企業の参画も保証されていないプロジェクトで、成功すれば利益の9割をアメリカが取り、失敗すれば損失は日本側が負担するという「都合のいい財布」に日本がなったとすれば、80兆円という投資規模を考えると看過できない財政リスクとなる。この点は、8月に改めて詳しく論じたい。
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