【前編】日本の吹奏楽部が抱える「感性の危機」?プリンシプルなき地域展開が招くもの コンクールがはらむ見過ごせない数的事実とは
むしろ、少子化および社会の縮小がもたらすさまざまな活動の衰退から、若者たちの文化を守り、新しい活動の枠組みや価値の再構築を図ることこそが最重要課題である。なぜなら、それが将来の社会における文化や思想の基盤となるからだ。
とくに、現在の社会を築き支えてきた自負を持つ世代、すなわち高度経済成長期やバブル絶頂期を経験した世代(私もその一人である)にとって、縮小する社会の中でこれまでの文化を守り、その本質を継承していく方法を見いだすことは、決して容易ではない。しかしながら私たち大人には、次世代を担う若者たちのために行動を起こす責務があるはずだ。
「吹奏楽部の本質・定義」が議論されない地域展開
各地域で、部活動の地域展開に関する具体的な計画や実施スケジュールが明確になってきた地域が増えつつある。部活動地域展開を主導する「地域文化芸術活動ワーキンググループ」は最終会議を開催し、次年度から6年間を「改革実行期間」と位置付けた。そのうえで、国による費用負担の在り方や地域クラブの定義などを明確に示す必要性を提言した。
本ワーキンググループの主要メンバーであり、前身の部活動地域移行化会議で座長を務めた北山敦康・静岡大学名誉教授は最終会議において、「広い意味での地域づくりを進めるために、全国の自治体におかれましては、この改革を教育委員会だけでなく、首長部局等で総合的な政策課題として取り組んでいただきたい」と語っている。(北山敦康氏FBタイムライン@5月17日分からの引用)
また阿部俊子文部科学大臣は5月20日の閣議後記者会見において、公立中学校の部活動改革における重要課題の1つである民間クラブでの活動費の保護者負担について言及した。具体的には、今年夏頃をメドに、国として金額の目安を提示する意向を示し、「速やかに検討を進める」と表明した。
これまでスポーツ庁および文化庁からの方針表明はあったものの、文部科学省という省庁レベル、さらには大臣自身からの明確な発言となったことで、部活動の地域展開に向けた改革の進展が一層加速することは確実といえる。
一方で、吹奏楽部の地域展開において、いまだに誰も言及せず置き去りにしている、明確化されていない重要な要素がある。
先述の「地域文化芸術活動ワーキンググループ」においても「地域展開での活動の質の担保」という指摘がなされているが、この数年の地域移行化準備期間において、「吹奏楽部の本質・定義」を体系的に論じた議論は見られなかった。
この吹奏楽部の本質に関する議論が不十分であるがゆえに、地域展開の具体的な計画立案が困難となっている。その結果、検討内容が以下のような“ハード面”の整備にとどまっているのが現状である
・運営母体の設置
・具体的な団体形態の決定
だが、吹奏楽部の地域展開によって見直されるべき要素は、もっと本質的、すなわち音楽に関わることではないだろうか。
吹奏楽作品では、音楽的な“感性”が育たない
ここに興味深い研究がある。慶應義塾大学大学院博士課程で音楽神経科学の研究を行っている三摩朋弘氏の「視覚優位性効果は評価者の音楽経験と視聴覚統合の相互作用に依存する:日本の吹奏楽コンクール映像を用いた検証」という論文だ。これは、音楽演奏の評価は“耳で聞く音よりも視覚が優劣に影響する”という、数年前にシンガポールで発表されセンセーションを呼んだChia-Jung Tsay氏の「Sight over sound in the judgment of music performance」という研究実験結果を吹奏楽コンクールに応用した、極めて独創的な研究である。