高校無償化「理念だけでは結果は伴わない」、私立受験機会の拡大が学力格差を広げる訳 義務教育段階での勉強放棄が増える可能性も

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2021年に改正された高等学校通信教育規程第14条は、通信制高校には、入学者数、在籍生徒数、退学・転学・卒業者数・進学者数・就職者数等の情報を公表するよう定めている。しかし筆者が確認したところによると、通信制ではない高校について同様の規程は存在せず、公立、私立に限らず、高校がこれらの情報をどの程度公表するかは、都道府県任せ、学校任せの状態である。

実際、筆者が調べた範囲でも、個別の学校について上記の情報を把握することは非常に難しい。しかし、公立であれば、法に従って情報開示請求ができるので、請求が認められれば、個別高校の情報の取得が可能だ。しかし、私立高校には情報開示請求はできない。

つまり、情報の対称性・透明性においても、公立と私立は対等とは言えない。情報公開への社会的圧力に学校間で差があると、受験生に好意的に受け止められる情報のみ公開し、そうではない情報は積極的に出さない傾向になり、生徒や保護者は学校選択に際して、正しい判断ができなくなる。

空想的新自由主義を超えて

ミルトン・フリードマンの影響を受け、教育における選択肢の拡大を指向する政策は、その批判者からしばしば、「新自由主義」、「教育の市場化」などとくくられる。筆者自身もシカゴ大学で訓練を受けた経済学者であり、その発想の根本には市場主義・自由主義があるのは確かだ。

しかし筆者は、同時に、選択の自由が社会厚生向上に寄与するためにはいくつも条件があること、市場原理の理念だけで結果が伴うわけではないことを、世界中の社会実験や実証研究から痛感している。そのような立場は、事実確認や制度的制約を踏まえた実証研究を重視する現代の経済学者の多くに共有されている。

赤林英夫(あかばやし・ひでお)
慶応義塾大学経済学部教授、同附属経済研究所こどもの機会均等研究センター長、ガッコム創業者・代表取締役会長
東京大学教養学部卒業、通商産業省、マイアミ大学、世界銀行などを経て2006年より現職。専門は、教育経済学、労働経済学、家族の経済学で、教育政策の効果の因果分析、国際比較等を研究している。アメリカ・シカゴ大学で経済学博士号を取得し、教育バウチャーを提唱したミルトン・フリードマンの孫弟子にあたる
(写真:本人提供)

その立場からは、現在、政権内で進んでいる私立学校無償化の主張は、日本の高校教育政策の制度的背景や世界中の実証研究を無視した、市場と競争の素朴なアナロジーにもとづく「空想的新自由主義」とも言えるものだ。そういった主張は、今や本家のシカゴ大学にさえ存在していないことを知っておくべきだろう。

筆者は、私立高校の授業料軽減や無償化政策を一方的に否定するわけではない。しかし、その政策が社会全体にとってよい意味を持つためには、日本固有の制度的要素や学習塾の存在などの社会的背景を考慮した、繊細な制度設計が必要だ。

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