「長期停滞からの脱却」は本当か?実質賃金の現実 海外に漏れ出す付加価値、労働への分配も高まらず
まずは、実質賃金の動向を簡単におさえておこう。
毎月勤労統計調査(毎勤統計)に報告されている実質賃金指数(現金給与総額、5人以上の事業所、季節調整済み、全産業)は、確かに21世紀に入って長期的な低下傾向にあった。2020年を100とする実質賃金指数は、2000年には115弱の水準にあったが、2024年になると95強の水準まで2割程度低下した。
図は、より最近について、全産業と製造業の実質賃金の動向を見たものである。
実質賃金は、新型コロナ禍に見舞われた2020年前半に落ち込んだものの、2020年後半から2021年前半にかけて回復してきた。しかし、2021年後半になると、再び明らかな低下傾向に転じた。春闘で賃上げが強く意識された2024年も、実質賃金は、6月、7月に賞与の積み増しで一時的に上昇したものの、その影響が消えた8月以降は低下トレンドに戻った。
なぜ、実質賃金は、新型コロナ禍の終息でV字回復が期待されたにもかかわらず、その回復が頓挫したのであろうか。
それには交易条件の悪化と実質賃金の低下が相互に関係していることを明らかにしていこう。
国内で生み出した付加価値が海外に漏出している
しばしば、輸入原材料の高騰や円相場の下落による輸入コスト上昇、あるいは、賃上げによる労働コスト上昇は、すべての企業がいっせいに価格に転嫁されるかぎり、個々の企業の直面する競争条件は変わらないといわれている。
こうした議論は、国内の競争環境にある程度妥当するかもしれない。しかし、昨今の厳しい国際的な競争環境にあっては、まずは成立しないと考えてよい。日本企業から輸出される財やサービスが高付加価値で高価格を設定できる国際競争力を持たなければ、輸出価格への転嫁はままならないからである。
事実、日本の輸出企業は、21世紀に入って厳しい国際競争にさらされ、輸入コスト上昇のかなりを輸出価格に転嫁することができなくなった。
国際貿易論では、(円建ての)輸入価格に対する(円建ての)輸出価格は、交易条件比率と呼ばれている。交易条件比率の低下は、日本の輸出企業が相対的に高い価格で原材料を輸入し、相対的に低い価格で製品を輸出していることを意味している。
その結果、日本経済全体としては、せっかく国内で産み出された付加価値が貿易によって海外に持ち出されてしまう、あるいは漏出してしまう。交易条件比率の低下は、交易条件の悪化と呼ばれている。
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