家族の姿が青い色調で描かれたカバーイラストに、温かな物語を連想するかもしれない。だが本書が描くのは、いわゆるいい話ではない。日本による韓国併合の翌年に朝鮮半島東部の蔚山(ウルサン)で生まれた、尹紫遠(ユンジャウォン)の過酷な人生の軌跡なのである。
「密航」で海を渡った男の人生
紫遠は1924年から46年までの間、朝鮮─日本間を計5回渡った。5回目は第2次世界大戦後の46年に朝鮮から日本へ。当時35歳、彼は「密航者」だった。山口県のK村から日本に入り朝鮮への「送還」を逃れて以降、仕事と住む場所を転々としながら、東京とその周辺で暮らし続けた。
その日々の中で、紫遠は日記と小説を書いた。自身が体験した朝鮮から日本への密航、日本での苦しい生活の断片である。彼は自身の作品を出版社に売り込もうと奔走するもうまくいかず、57年春、45歳のときに東京都目黒区のはずれで「徳永ランドリー」を開く。ただし、それは生活を安定させるための策で、仕事を終えた深夜には「無名の作家」として作品を書き続けた。
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