ランドセルの家計負担は保護者同士も共有しづらい

ランドセルの価格は近年上昇しており、平均の購入金額は5万6425円。価格帯別では、6万5000円以上のランドセルを購入した人の割合が最も多い(※1)。学校生活を送るためにかかるお金について研究を行う千葉工業大学准教授の福嶋尚子氏は、ランドセルが高額化する背景をこう話す。

福嶋 尚子(ふくしま・しょうこ)
千葉工業大学 工学部 教育センター社会教室 准教授
共著に『隠れ教育費』(太郎次郎社エディタス)、『だれが校則を決めるのか』 (岩波書店)など。「隠れ教育費」研究室にてコラム執筆
(写真:本人提供)

「ランドセルといえば、昔は男の子は黒、女の子は赤が当たり前でしたが、今は子どもの好みに合わせて多様な色やデザインが出ています。さらに、各メーカーの努力で軽量化が進み機能面も充実しているんです。一方でコストは上がり、ランドセルの高額化につながっています。価格を抑えた商品もありますが、それでも2万円台です」

これは、子育て世帯にとって決して安くはない金額だ。しかし、「ランドセルの購入費を負担に感じるかどうか」は、保護者の間では共有しづらい話題だという。その背景にあるのが、「ランドセル文化」だ。

「ランドセルは祖父母がお祝いとして贈るケースも多いです。高額でも『お祝いだから』とプレゼントするのが祖父母にとっても喜ばしいことなのです。ランドセルを買ってもらった家庭は、保護者自身がランドセルを購入した家庭とは負担感を共有しにくいでしょう」

とはいえ、高額なランドセルを買うことが悪いわけではない。福嶋氏が指摘する問題は違うところにある。

「『小学生はランドセルを使う』と法律で決まっているわけではありません。それにもかかわらず、『小学生になったらランドセルで通わなければ』という同調圧力からランドセル文化が根強く残っているのが現状です。残念ながら、高額なランドセルの購入費を誰かが負担しなければならない状態に陥っているのです」

※1一般社団法人日本鞄協会ランドセル工業会「ランドセル購入に関する調査2022年」(クロス・マーケティングによる調査)

自治体によるランドセル無償配布の問題点

こうした中、家庭の負担を減らそうとランドセルの無償配布やランドセル購入の助成を行う自治体もある。しかし福嶋氏は、ここにもいくつか問題点があると指摘する。

「自治体側も予想していなかったと思うのですが、こうした取り組みは必ずしも喜ばれたわけではなかったのです。ランドセルに対しては、祖父母の『孫にプレゼントしたい』という気持ち、保護者の『本人が気に入ったものを買ってあげたい』という気持ち、子どもの『好きな色のランドセルを使いたい』という気持ちなど、それぞれの立場にさまざまな思いがあります。自治体がランドセルを無償配布すればそれは『指定品』となり、子どもや保護者の選択権を奪ってしまいます

(写真:mits / PIXTA)

とくに公立の小学校なら、ランドセルの使用は義務ではありません。仮に無償配布を行うなら、『ほかのものを使ってもいい』という自由な選択の余地も残しておくべきでしょう。ただ、それでは『使わなくてもよいもの』に公金が割かれることになります。教育予算の使い方として、優先度は高くないと言えるでしょう」

一方で、実際にランドセルの購入費が大きな負担となっている家庭があるのも事実。それに対して福嶋氏は、より適切な補助があるはずだと語る。

「自治体の予算には限りがあります。ランドセルを一律に無償配布するより、まず学校が『通学かばんは自由』と明言したうえで、経済的に困窮している家庭には別途、教育費を補助したほうがよいのではないでしょうか。どうしても一律で無償にするなら、選択の自由があるランドセルではなく、基本的人権を保障する給食を対象にしたほうが納得感があります」

「ランドセルでなければならない」の呪縛

保護者からの反発を受けて、一部の自治体はランドセルの無償配布から「購入費の助成」に切り替えた。

「購入費の助成も、その対象がランドセルに限定されてしまえば『ランドセル文化』の助長につながります。『ランドセルをやめるべきだ』と言いたいわけではありませんが、ほとんどの人が無条件に『ランドセルでなければならない』と思い込んでいる現状は考え直してもよいと思うのです」

こうした議論でよくあるのが、「ランドセル以外のかばんだと、目立っていじめられたり、仲間外れにされるのでは」という懸念だ。

「なぜ、ランドセルを背負っていないと変な目で見られるのか。それこそ、多くの大人が『ランドセルでなければ』という意識の下、子どもにもそれを強要しているからですよね。ランドセル文化をつくり上げているのは子どもたちではありません。保護者をはじめ、子どもを取り巻く地域や社会の全員が、自分自身を当事者だと捉える必要があります。

自治体によっては、ランドセルとは見た目が異なる、軽くて使いやすい安価なかばんが普及しているケースもあります。子どもの成長や好みの変化に合わせて、その時々でベストなかばんを選んでいくのもよいでしょう。実際に多くの学校が、ランドセルが小さくなった児童にほかのかばんの使用を認めています。学校側も、こうした対応を児童ごとに判断するのではなく、ホームページなどで『ランドセル以外での通学を認めています』と大々的に公言すれば、先生はもちろん保護者も子どもも楽になるのではないでしょうか」

「ランドセル症候群」で子どもの心身に不調が生じる

近年では、「ランドセル症候群」というワードも注目されている。ランドセル症候群による弊害を提唱した、たかの整形外科 院長の高野勇人氏は、その概要について「体に合わないサイズの重い荷物を背負うことで現れる心身の不調を指します」と語る。

高野勇人(たかの・はやと)
医療社団法人恵光会たかの整形外科 院長
(写真:東洋経済撮影)

具体的な症状には、肩こりや腰痛、メンタルの不調などがあるようだが、メーカーの企業努力でランドセルの軽量化が進む中で、なぜ依然としてランドセル症候群が注目されているのか。

「学習指導要領の改訂もあり、2005(平成17)年度に4857ページだった小学校の教科書は、2020(令和2)年度には8520ページと大幅に増えています(※2)。さらに近年はタブレットや水筒なども加わっており、ランドセル自体は軽量化しても荷物の総重量が増えているのです。

米国小児学会によれば、子どもが背負う荷物の重さは体重の15%以下が望ましいとされています。これは、日本の小学1〜3年生の体重で考えると3~3.75キログラム以下。しかし、全国の小学1〜3年生1200名に調査したところ、中身を含めたランドセルの重さの平均は4.28キログラムであることがわかりました(※3)」

「フットマーク『ランドセルに関する意識調査』2022年『お子様のランドセルの重さは全体でおおよそ何キロ程度ですか?』」を基に、東洋経済作成

※2一般社団法人教科書協会「令和4年度 2022教科書発行の現状と課題」

※3フットマーク「ランドセルに関する意識調査」2022年

子どもの荷物も教員の仕事も増やす「置き勉」

毎日、身体の許容量を超えた荷物を背負い通学している子どもたち。子どもにとって、自分の状態を自覚して言語化するのは難しい面もある。高野氏によれば、心身の不調と荷物の重さとを結び付けられず、本人も家族も「学校に通うのが嫌いになったのだ」と思い込んでしまうケースもあるのだという。

いったい、解決策はあるのだろうか。高野氏は「持ち物を減らして、荷物の総重量を軽くするしかありません」と話すが、「しかし現状では、多くの学校が置き勉を禁止しています」と危惧する。

置き勉の禁止については、前述の福嶋氏も疑問視している。

「置き勉の禁止も、ランドセルの使用を前提としていますよね。はたして、自宅で使わない教科書やノートまで持って帰る必要があるのでしょうか。通学かばんが小さければ、そうした指導はできないでしょう。もし盗難防止が理由なら個人ロッカーで対応できますし、自分の持ち物を管理する力をつけさせたいのなら、方法はほかにもあるはず。宿題のためというなら、本当に必要なものだけを持ち帰ればよいでしょう。

そもそも、学校教育が授業で完結せず家庭に持ち込まれるというのは、子どもの自主学習の時間を奪うことにもなります。学校側も、置き勉や宿題、指定かばんなどルールを作ると、それに伴って確認や指導などの業務が生じてしまいます。いっそやめてしまえば、教員の負担も軽くなるはずです」

体への負担減らす、ランドセルの正しい背負い方

とはいえ、学校で置き勉が認められるにはまだ時間がかかると思われるほか、すでに購入したランドセルを使い続けるケースも多いだろう。子どもの負担を減らすにはどうすればいいのか、高野氏に教えてもらった。

ランドセルと背中の間に隙間ができないように密着させて背負ってください。ランドセルの位置を腰あたりまで下げる子がいますが、重心が下がると斜め下に引っ張られる形になり、体がバランスを取ろうと前傾姿勢になるため腰や首に負担がかかります。肩ベルトを調整して、重心を上げるようにしてください。もし、チェストベルトがあればぜひ使いましょう。荷物を胸全体で支えられるので体が安定し、肩や腰への負担も減らすことができます」

また、中の荷物の入れ方にも工夫が必要だという。

「とくに低学年のお子さんの場合は、まずは無駄なものを入れていないか確認して、適切な量にしてあげてください。また、ランドセルの中で荷物が揺れると体が前後に引っ張られます。これでは乗車中に急ブレーキや急発進をしたような状態になり、首などに負荷がかかってしまいます。隙間ができないように荷物を入れるか、バンドなどで中身を背中側に固定するとよいでしょう」

ランドセルにはもちろん特別な魅力もある。丈夫で荷物がたくさん入り、小学校生活への期待を喚起させてくれる。当然ランドセルを使いたい子や、とくにランドセルに不満がない子もいるだろう。しかしながら、家計が苦しいにもかかわらず高額なランドセルを「買わなくてはならない」状態は考えものだ。それも、子どもの好みや体格と関係なく、周りの目を気にしてのことであれば余計に問題だろう。

せっかくの新しい学校生活を前に、親の財布にも子どもの心身の健康にも不安が残るようではもったいない。一度、「ランドセル以外の選択肢」にも目を向けて、許容範囲を広げてみてはどうだろうか。

(文:吉田渓、編集部 田堂友香子 注記のない写真:ハル / PIXTA)