学校の当たり前に風穴、めがね旦那先生「教育観のアップデート」に必要な視点 なぜおかしいと思っていても変えられないのか

「僕自身がマイノリティーだったからかもしれません」
授業の始まりには必ず「礼」をする。授業中にトイレに行ってはいけない、水も飲んではいけない。先生が黒板に書いたことは、ノートに書き写さなければならない。置き勉をしてはいけない──。
学校にはさまざまなルールや決まりごとがある。これまで学校で当たり前に行われてきたことだから、疑問に感じることもなく受け入れてきた人のほうが多いだろう。にもかかわらず、めがね旦那先生(以下、めがね先生)は「学校の当たり前」を問い直し続けている。なぜなのか。

公立小学校教諭
1987年生まれ。育休中に「めがね旦那@小学校の先生」としてTwitterを開始。独自の教育観に基づく発信で、現在4万3000人のフォロワーを持つ(2023年2月現在)。学校の当たり前を見直す教育実践を行っており、著書に『クラスに「叱る」は必要ない!』『その指導は、しない』(東洋館出版社)などがある
(画像:めがね先生提供)
その問いには「僕自身がマイノリティーだったからかもしれません」と答える。めがね先生は、小学校3年生から中学校3年生までをオルタナティブ教育の「きのくに子どもの村学園(以下、きのくに)」で過ごした。1992年に開設された学校で、自由な子どもに育ってほしいという願いの下、独自の教育を実践する学校だ。
「小学6年生の時に埋めたタイムカプセルに『学校の先生になっていますか』と未来の自分に問いかける手紙を入れていたんですよ。僕は、みんなで何かをする学校という空間がとても好きで。学校で働きたいという思いに迷いはありませんでした。そのためには、きのくにだけでなく一般的な学校を知らないとだめだと思いました」
そこで公立の高校に進学してみると、ギャップを感じることもあったという。一方で発見もあった。
「高校に入学した当初は、周りが幼く感じたんですよね。きのくには子どもの主体性を大事にする学校だったので、『児童生徒の成熟が早い』という刷り込みがあったのだと思います。でも、同じ高校の子と関わるうちに『そんなことはないな』と思うようになっていきました」
大学の教育学部に進むと、周囲は公立学校の教員を志望する人がほとんど。めがね先生も、自然と公立学校の教員を志すようになった。