復習を重視しがちな「家庭学習」、深い理解に必要な「予習」の知られざる効果 カギは教師による「予習と授業」の連動設計
「学校の先生は『授業で勝負』とよくおっしゃいます。なので、家庭学習を促す際は自然と、授業で理解したことを反復して定着させる『復習』を勧めるのかなと。予習の力を借りるのは邪道だと思う先生もいらっしゃるかもしれません。保護者も学習習慣の確立が目的となっており、子どもが机に向かっていれば安心なのでしょう。だから取り組む内容が漢字の書き取りや計算ドリルなどに落ち着いているのではないでしょうか」
篠ヶ谷氏はもう1つ、教育心理学の世界と教育現場との乖離も背景にあると指摘する。これまで教育心理学の領域では教育について多くの実証研究が行われてきたが、その知見を授業にどう落とし込むかという点は、教師に委ねるスタンスで研究が行われてきたのだという。
「学術論文を読み込んで実践に取り入れてもらうのではなく、われわれ教育心理学者はもっと実践と結び付けて研究を行わなければなりません」と篠ヶ谷氏は話す。
予習の効果、個人差を埋めるカギは「授業との連動」
こうした状況も踏まえて篠ヶ谷氏は、教師にわかりやすく説得力を持って伝えることを意識し、実践の形で研究を進めてきたという。
例えば、2006年に実施した研究では、夏休みに中学2年生を集め、自らが教師として歴史の授業を実施。学級ごとに予習のやり方を変え、どのような違いが生じるかなどを調べた。その結果、予習の効果には個人差があることがわかったという。
教師が生徒に予習をさせようとして、まず思いつく指示は「教科書を読んでくること」だろう。多くの教員が教科書をベースに授業を設計しているので、先行研究に基づけば「教科書を読んでおくことで、授業での深い理解が可能になる」と考えられる。
ところが、篠ヶ谷氏の実験では、知識のつながりを重視する「意味理解志向」(以下、理解志向)の高さによって予習の効果に違いが出たという。理解志向が高い生徒は、予習の中で「なぜ」という問いが生まれ、授業中にその「なぜ」を解消しようと理解を深めていく。だが、勉強なんて暗記さえしておけばよいと思っているような理解志向の低い生徒の場合、予習をしても授業の中で理解が深まらなかったそうだ。
そこで07年に実施した研究では、3つの問いを事前に投げかける形で予習に臨ませた。例えば教科書に「イギリスがエジプトを支配した」と書かれている場合、「なぜ、イギリスはエジプトを支配したのか」と問いかけ、それに対する自分なりの解答を予想して書かせる。さらに、「自分が書き込んだ解答にどのくらい自信があるか」について5段階評価を求めた。
このように単に教科書を読ませるだけでなく、授業で重要となる情報に注意を向けさせる予習を取り入れた結果、理解志向の低い生徒も授業を深く理解できたという。「ポイントは、事前に『なぜ』の部分を自分で考えさせ、『うまく理由を説明できないと何だか気持ち悪い』という感覚を持たせること」だと篠ヶ谷氏は説明する。
ただし、単に予習のさせ方を工夫するだけでは、深い理解に至らない。予習の効果を上げるには、「授業との連動」が必須だと篠ヶ谷氏は強調する。
「授業が教科書をなぞるだけの内容では、子どもは予習も授業もつまらない。予習の段階では自分で説明できなかったことが授業を経てできるようになるなど、『深く理解できた』という実感や自覚につながるような授業設計が大切です」